ラスト15分で価値観が一気に覆る

『桐島、部活やめるってよ』(2012)

神木隆之介
神木隆之介【Getty Images】

監督:吉田大八
キャスト:神木隆之介、橋本愛、大後寿々花

【注目ポイント】

 本作『桐島、部活やめるってよ』は、学校内ヒエラルキーの頂点に君臨していた男子生徒・桐島が、突然バレー部を辞めたという噂から始まる群像劇である。この出来事をきっかけに、彼を取り巻いていた生徒たちの心情が少しずつ、しかし確実に揺らぎ始め、無風だった校内に波紋が広がっていく。

 映画部の前田涼也(神木隆之介)、桐島の恋人・カスミ(橋本愛)、桐島の親友でスクールカースト上位の宏樹(東出昌大)ら、それぞれの視点で“空白”となった桐島の存在を見つめ直す構成が秀逸な映画である。

 特筆すべきは、タイトルにも名を連ねる桐島本人が一度も画面に登場しないという大胆な演出だ。

 彼の“存在しない存在感”が、物語を逆説的に駆動し続ける。バレー部のエースとして周囲から期待を一身に背負っていた桐島は、重圧に耐えかね退部。だが、その選択はあまりにも唐突で、彼に依存していた周囲の人々の“立場”や“自信”に大きな亀裂をもたらす。

 学校内の人気者グループに属しており、表向きはイケメンで運動神経が良く、女子からも注目される存在であった宏樹は、桐島の突然の決断に苛立つ。一方、スクールカーストの底辺に位置する前田は、映画という手段を通じて“自分にしかできないこと”を追い求めるようになる。

 映画のクライマックスで、前田がゾンビ映画の撮影中に叫ぶ「俺たちは負けてない!」という言葉は、敗者であることを受け入れた者だけが持てる誇りと反骨の表現である。

 この瞬間、スクールカーストの下層にいた者が、上位にいる生徒よりも自分の表現を信じて行動していることが明確になり、“勝者と敗者”の価値観が一気に覆る構造になっている。

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