絵になるホーボーケンの港湾風景

『波止場』(1954)

マーロン・ブランド【Getty Images】

監督:エリア・カザン
脚本:バッド・シュールバーグ
出演者:マーロン・ブランド、エヴァ・マリー・セイント、リー・J・コップ、カール・マルデン、ロッド・スタイガー、パット・ヘニング

[作品内容]

 波止場の倉庫では、沖仲仕たちと稼ぎをピンハネするヤクザの間でいざこざが起きる。不正に声をあげる善人VS暴力で締め付ける悪人。

 そんな暑苦しい対決が直球の流れでドラマになる。まさに、戦後のこの時代にしか作れない映画。

[注目ポイント]

 この映画の魅力はなんといっても、マーロン・ブランドが見せる新しいヒーロー像。

 それまでの男優たちが、暴力や不正渦巻く環境で、正義を貫き、最後には自分を貫き通す善人ヒーローだったのに対し、1950年代半ば、ちょうどロックンロールが誕生するこの頃には、自ら暴力に飲み込まれ、自暴自棄になっていく屈折したヒーロー像が必要だった。

 それが、この『波止場』のテリーを演じるマーロン・ブランド。

 監督のエリア・カザンは次作『エデンの東』では、ジェームズ・ディーンを初主演させているから、新しいヤング・スターを発掘する目があった。この二人のヒーロー像が、エルビス・プレスリーを生み、引いては、日本で石原裕次郎につながったことは間違いない。

 マーロン演じるテリーは元有望なボクサーにも関わらず、八百長試合に巻き込まれ、今や落ちぶれつつあり、波止場のボスの用心棒になりかけている。

 さらに、ボスの命を受け、鳩の飼育仲間の友人を呼び出すことから、その友人の殺害に手を貸してしまう。

 そんな、犯罪へのスパイラルに落ちかけるところを、死んだ友人の妹の後押しもあり、最後、ぎりぎりのところを踏みとどまり、波止場のボスから、仲間たちの組合の権利を勝ち取る。

 ヒロインである妹を演じるのは、後にヒッチコックの『北北西に進路を取れ』のケーリー・グラントの相手役で、高速鉄道で乗り合わせ、ボンドガールの初期型のようなキャラクターのエヴァ・マリー・セイント。

『波止場』ではデビュー作にしてアカデミー賞を受賞している。波止場のボス役は『十二人の怒れる男』で最後まで反対標を出し続ける、仏頂面の顔芸が印象的なリー・J・コップ。

 登場人物たちは波止場の沖中氏たち、つまり倉庫で働く労働者たちである。エンディングで、扉を開いた倉庫に流れ込んでいくシーンが素晴らしく、スコセッシ映画の元ネタのような作品。

 この映画はハリウッドのセットではなく、ニューヨークからハドソン川を挟んで対岸になるホーボーケンの港湾地区をロケ地としている。

 写真愛好家なら、ロバート・フランクの「アメリカンズ」の撮影地のひとつといえば伝わるかもしれない。

 50年代のアメリカを描くには最高のロケ地だったといえる。

 撮影監督のボリス・カウフマンが、マーロン・ブランドのリアリスティックな表情演技だけでなく、港の古びた倉庫やビル群の風景を白黒の濃淡を生かした深い調子で撮影していて素晴らしい。アカデミー賞で撮影賞を受賞している。

 ボリス・カウフマンは、ロシア帝国下のポーランドで生まれのユダヤ人、ロシア革命でパリに移住、映画カメラマンになり、ジャン・ヴィゴの名作『アトランタ号』1934年の撮影に参加。

 同監督の『新学期・操行ゼロ』の枕投げのシーンも有名。その後、ナチのフランス侵略から、アメリカに移住。

 シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』の密室で会議するだけの男たちをドラマにする撮影も手がけている。

 音楽は、レナード・バーンスタイン。

 波止場の倉庫前で沖仲仕たちが仕事を奪い合う、そのバックにモダン・ジャズを取り入れたオーケストラが鳴ると、人々の動きとビル街が作り出すクールな響きがある。

 この後に手がけることになるミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』の原型といえる。

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