夜の倉庫とフォーク・リフトのウインナー・ワルツ

『希望の灯り』(2018)

トーマス・ステューバー【Getty Images】

監督・脚本:トーマス・ステューバー
原作・脚本:クレメンス・マイヤー
出演者:フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト、アンドレアス・レオポルト、ミヒャエル・シュペヒト、ラモナ・クンツェ=リブノウ

[作品内容]

 ドイツの旧共産圏側の都市、ライプツィヒ郊外にある巨大なスーパーとその倉庫を舞台にした人間ドラマ。

 映画の大半は、スーパーの建物を出ることがない。まさに「倉庫映画」といってもいいかも。

[注目ポイント]

 旧東ドイツ圏の壮大な官僚システムを思わせる巨大で無骨なスーパーと倉庫が 映画の舞台として大きな役目を負っている。

 導入部のタイトルバックで、明かりの消えた深夜の店内をゆっくりとフォークリフトが移動する映像は、ヨハン・シュトラウスの音楽と相まって、ウインナー・ワルツ風の浮遊感がある。

 まるで『2001年宇宙の旅』の無重力の宇宙ステーションを思わせる撮影になっている。

 映画の原題は「通路にて」という意味で、登場人物は商品の在庫管理を行う作業員たち。

 このスーパーには、商業的な飾り気のないゴツい棚が、2階分はありそうな高い天井まで壁のように並んでいて、作業員たちは商品の補充や入れ替えをしながら、その間の通路を行き交っている。

 背景もキャリアも違う作業員たちは、その「通路にて」、ドラマにならない日常業務の中で、孤独な心のやりとりをしていく。

 映画の冒頭、入社してきたクリスティアンは、襟足や手首から刺青をのぞかせている過去に影がある若い男。

 飲料セクションに配置され、無愛想な先輩作業員たちから指導を受け、商品の補充や入れ替えの作業や電動フォークリフトを学んでいく。

 フォークリフトはライセンスが必要なほど熟練が必要で、自由自在に回転し、重いカートンを最上の棚に持ち上げるようになれるまで上手くなっていかないといけない。

 それを通して、クリスティアンは一人前の作業員と認められていく。

 その通路にて、マリオンという隣の菓子セクションの女性と出会い、休息所の東ドイツ風なカクカクしたデザインのコーヒー・マシンや冷凍倉庫の協同作業などで、少しずつ、愛を感じていく。

 この映画は2018年の映画だが、23年の話題作、「落下の解剖学」と「関心領域」の2本で、日本でも強烈な印象を与えたザンドラ・ヒューラーがマリオンを演じている。

 東西統一されたドイツの中で、取り残された感のある東ドイツ圏の価値観にノスタルジーを持つことを「オスタルギー」という。

 まさに、そのような東ドイツ的な巨大スーパーで働くベテラン従業員たちも、シフトの合間にタバコを吸いながら「オスタルギー」な感情を漂わせる。

 その中で、自分のマイナスの過去に向き合いながら、フォークリフトと共に成長していくクリスティアンを演じる、ペーター・クルトの表情だけの無口な演技も素晴らしい。

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