死刑囚に惹かれた女の“愛”と“狂気”

『接吻』(2008)

小池栄子
小池栄子【Getty Images】

監督:万田邦敏
キャスト:小池栄子、豊川悦司、仲村トオル、大西武志、篠田三郎

【作品内容】

 面識のない一家を無差別に殺害した坂口(豊川悦司)が逮捕される。その報道をテレビで見ていた孤独なOL京子(小池栄子)は、彼の微笑みに心奪われてしまう。

【注目ポイント】

 2008年に公開された映画『接吻』(監督:万田邦敏)は、死刑囚とひとりの女性との奇妙で倒錯的な関係を描いた心理サスペンスである。主演は小池栄子と豊川悦司。中でも、豊川が演じる無差別殺人犯・坂口の人物像には、ある実在事件の犯人との類似性が囁かれている――それが、2001年に大阪教育大学附属池田小学校で8人の児童を殺害した宅間守である。

 作中で坂口は、突如として面識のない一家3人を殺害する。動機は語られず、彼は裁判でも沈黙を貫き、淡々と死刑判決を受け入れる。その理由なき殺人という構図、そして後悔や反省を一切見せない態度は、宅間守と重なって見える。

 しかし、『接吻』の核心は加害者本人ではなく、彼に心を寄せていく女性・京子(小池栄子)の側にある。事件の詳細を知らないまま坂口に惹かれた京子は、やがて彼の過去を調べ始める。そして、手紙のやり取りや面会を重ねるうちに親密さを深め、ついには獄中結婚にまで至る。

 この点もまた、宅間守との奇妙な符合を感じさせる。というのも、宅間も死刑確定後、支援者の女性と獄中結婚をしているからだ。

 とはいえ、本作はあくまで純然たるフィクションである。映画は、死刑囚・坂口に惹かれたOL・杏子、そして坂口の弁護人であり京子に惹かれる長谷川(仲村トオル)の奇妙な三角関係を、感傷を配したドライなタッチで描いていく。また、京子の奇天烈な行動はもはや坂口への愛という言葉では説明できない。その証拠に彼女は、たびたび坂口と自身が「似た者同士」であると言い、殺人鬼・坂口の根っこにある世間への恨みを自分も共有していると語るからだ。

 ラスト、京子はバースデーケーキを携えて獄中の坂口を訪れる。鼻にかかった声で「Happy Birthday to You」を口ずさむ京子。事件後、坂口は反省する素振りを一切見せなかったが、自身に愛を向ける京子と出会って心境が変わったのか、心なしか顔つきが穏やかになっている。誕生日を祝う曲が終わる。すると京子は突然、ケーキの中に隠したナイフを取り出し、坂口の胸元に突き立てる。京子に殺されるなら本望と思ったのか、坂口は抵抗するどころか京子を抱きしめ、刃はより深く彼の内部に達し、絶命に至る。

 眼前で繰り広げられる衝撃のアクションを呆然と見つめる看守と長谷川。京子は坂口の遺体から刃を抜くと、次は一目散に長谷川に飛びつく。馬乗りになった京子は長谷川も手にかけるのか…と思いきや、刃を捨て、長谷川の口を塞ぐように接吻をする。程なくして看守に引き離され、叫ぶ京子。廊下を引きずられていく京子に向かって長谷川は「あなたの弁護を引き受ける」と宣言。画面は真っ暗になり、『接吻』というタイトルが浮かび上がる。

 誰も予想だにしないラストの展開は、果たして愛の証明なのか、愛にほだされて「改心」した坂口への失望の表明なのか、それとも…。解釈は観る者によって大きく分かれるだろう。だが、ひとつ確かなのは、そこに救いはないということだ。

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