正義の仮面を剥いだ衝撃の実録映画

『日本で一番悪い奴ら』(2016)

綾野剛(2016年)
綾野剛【Getty Images】

監督:白石和彌
キャスト:綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄(デニス)、矢吹春奈、瀧内公美

【作品内容】

 柔道の腕を買われて道警の刑事となった諸星(綾野剛)は、正義感はあるが冴えない日々を送っていた。ある日、上司の村井(ピエール瀧)に「裏社会に飛び込み“S”を作れ」と命じられ、諸星は協力者を操りながら危険な潜入捜査に踏み込んでいく。

【注目ポイント】

 2016年に公開された白石和彌監督による映画『日本で一番悪い奴ら』は、北海道警察の元警部・稲葉圭昭が記した衝撃の手記『恥さらし ―北海道警 悪徳刑事の告白―』を原作とした、実話に基づく問題作である。

 本作の題材となったのは、日本の警察史上でも最悪の不祥事として知られる「稲葉事件」。違法捜査、拳銃の裏取引、さらには覚醒剤密輸への関与にまで及んだ、にわかには信じがたいスキャンダルである。

 物語の主人公・諸星要一(綾野剛)は、柔道の才能を買われて北海道警にスカウトされた青年。正義感と出世欲に燃える彼は、先輩刑事の助言に従い、裏社会に通じる情報屋――通称「S(エス)」を活用して検挙実績を積み重ねていく。

 だが、次第に暴力団や反社会的勢力との関係を深める中で、諸星は犯罪の“うま味”を知り、悪に取り込まれていく。違法な拳銃の押収を“成果”として偽装し、出世と名誉の階段を駆け上がるが、その栄光の裏には、倫理も法も捨てた腐敗が広がっていた。

 ついには警察組織そのものから切り捨てられ、すべての罪を背負うことになる諸星。彼の転落は、ただの個人の堕落ではなく、制度そのものが生み出した“必然の悲劇”として描かれる。

 モデルとなった稲葉圭昭氏は、北海道警察で「銃対のエース」と称されながら、2002年に覚醒剤取締法違反などで逮捕され、懲役8年の実刑判決を受けた。彼は「拳銃を摘発しなければ評価されない」という内部の実情を暴露し、警察組織の闇を世に知らしめる存在となった。

 白石監督は、本作においても独自のドライなユーモアと暴力描写を巧みに織り交ぜながら、諸星という一人の刑事の凋落を一切美化せずに描ききっている。その果てに観客に突きつけられるのは、正義とは何か、国家権力とはいかなる存在なのかという根源的な問いである。

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