悪魔を生んだ家庭の肖像

『葛城事件』(2016)

三浦友和
三浦友和【Getty images】

監督:赤堀雅秋
キャスト:三浦友和、南果歩、新井浩文、若葉竜也、田中麗奈

【作品内容】

 金物屋を継いだ葛城清(三浦友和)は理想の家庭を築いたはずだったが、知らぬ間に家族を支配していた。やがて次男・稔(若葉竜也)が無差別殺人を犯し、死刑判決を受ける。稔は獄中で死刑制度反対を訴える女性と結婚するが――。

【注目ポイント】

 2016年に公開された赤堀雅秋監督の映画『葛城事件』は、一見すると“理想的”に見える家庭の裏側で静かに進行する崩壊と、そこから導かれる悲劇の連鎖を描いた衝撃作である。

 主人公・葛城清(三浦友和)は金物店を営み、妻と2人の息子と共にマイホームで暮らすごく普通の中年男性に見える。しかしその内実は、清の強圧的な価値観と独善的な家父長制が家族を徐々に蝕んでいく構造的暴力の温床だった。

 清の支配下で家族は次第に崩壊していく。息子たちは自我を抑圧されながら成長し、長男はやがて自死。残された次男・稔(若葉竜也)は、孤独と絶望の中で無差別殺人へと走る。彼は、家庭にも社会にも居場所を見出せず、ただ「誰にも望まれなかった存在」として、自身の痛みを他者に転嫁するしかないのだ。

 この稔の人物造形には、秋葉原通り魔事件や附属池田小事件、土浦連続殺傷事件、池袋通り魔事件など、近年の凶悪犯罪の加害者たちの姿が複合的に投影されているとされる。赤堀監督は「個人の異常」ではなく、「社会構造と家庭環境」が作り上げた“加害者”の成り立ちに冷徹な眼差しを向ける。

 さらに本作の特筆すべき点は、犯人だけでなくその「家族」にまで鋭く切り込んでいる点にある。息子の犯行により世間の怒りを一身に浴びる父・清の姿は、犯罪者を育てた家庭に社会がどう向き合うべきかという重い問いを突きつける。被害者遺族のみならず、“加害者遺族”が背負わされる業の深さもまた、作品を貫くテーマのひとつだ。

 全編に漂う息苦しさと閉塞感、そして一切の救済を拒むかのような結末は、観る者に「加害者とは何か」「家族とは何か」という根本的な問いを突きつけてくる。

『葛城事件』は、家庭という密室で生まれた暴力の種が、いかにして社会的悲劇へと転化していくのかを静謐かつ緻密に描いた、日本映画における異色の社会派ドラマである。その冷徹なリアリズムと、観客に安易な共感を許さない距離感が、まさに現代の“家庭と社会”を映し出す鏡となっている。

(文・編集部)

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【了】

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