実体験から生まれたリアルなシナリオ
『お葬式』(1984)
監督:伊丹十三
脚本:伊丹十三
出演:山﨑努、宮本信子、菅井きん
【注目ポイント】
俳優・伊丹十三の初監督作品が『お葬式』(1984)である。
1960年代より俳優として活動を開始した伊丹は、当時としては珍しく海外作品にも出演するなど多彩な俳優活動を展開。さらにエッセイスト、イラストレーター、デザイナーとしても才能を発揮し、“元祖マルチタレント”と称される存在であった。
本作の原案は、伊丹が妻である俳優・宮本信子の父の葬式で喪主を務めた実体験に基づいており、その経験をもとに脚本を執筆した。主演は山﨑努。山﨑と宮本のコンビは、その後の『タンポポ』(1985)、『マルサの女』(1987)、『静かな生活』(1995)などでもお馴染みとなった。
山﨑演じる主人公・井上侘助は俳優として活動しており、同じく俳優の妻・雨宮千鶴子(宮本信子)の父の急死の報を受け、親族代表として葬式を執り行うことになる。しかし、慣れない葬儀の段取りに戸惑い、精神的にも追い詰められていく。
親族や関係者の協力によりなんとか通夜の準備は進むが、その中には故人の愛人だった良子の姿もあり、場は波乱含みの展開を迎える。そして、通夜の朝を迎える頃には、葬式を巡る人間模様が滑稽さと哀しみを交えて描かれていく。
本作はそのタイトルから「暗い」「不謹慎」といった先入観を抱かれることもあったが、公開されるや大ヒットを記録。伊丹はこの成功を足がかりに、『マルサの女』シリーズ(1987)、『あげまん』(1990)、『ミンボーの女』(1992)、『スーパーの女』(1996)など、異色の社会派コメディを次々と発表し、日本映画界を牽引する存在となった。
商業的な成功の一方で、批評家からの評価は高いとは言い切れない。しかし、90年代以降にヒットメーカーとしての地位を築いた周防正行や三谷幸喜らの作品には、伊丹映画からの影響が色濃く見られる。今後、再評価が待たれる映画監督の1人である。