幻想と現実が交差する名作
『ツィゴイネルワイゼン』(1980)
監督:鈴木清順
脚本:田中陽造
出演:原田芳雄、大谷直子、藤田敏八、樹木希林
【注目ポイント】
日本映画史にその名を刻む奇才・鈴木清順の代表作が『ツィゴイネルワイゼン』である。本作は、その後に制作された松田優作主演の『陽炎座』(1981年)、沢田研二主演の『夢二』(1991年)とあわせて、「大正浪漫三部作」と称されている。
タイトルにある“ツィゴイネルワイゼン”とは、スペインのヴァイオリニスト、パブロ・デ・サラサーテが1887年に作曲した楽曲名で、「ジプシーの旋律」という意味を持つ。
鈴木清順は1950年代に日活で監督デビューを果たしたが、1967年の『殺しの烙印』(主演・宍戸錠)において「わからない映画ばかり作る」と日活社長に批判され、解雇処分を受ける。その後、約10年にわたって低迷期を過ごすこととなった。
その沈黙を破り、プロデューサー荒戸源次郎とのタッグで本作によって劇的な復活を遂げた。さらに、劇場公開においても異例の展開を見せ、既存の映画館ではなく、本作のために建てられた専用の仮設映画館で上映された点も話題を呼んだ。
物語は、各地をさすらう元軍人・中砂、彼の親友である士官学校教授・靑地、中砂の妻・園、そして園と瓜二つの芸者・小稲をめぐって展開される。生と死の狭間を漂うような幻想的かつ異様な世界観が特徴であり、物語の鍵を握るのが、サラサーテ自演の“ツィゴイネルワイゼン”のSPレコードである。
主人公・中砂を演じたのは原田芳雄。共演には大谷直子、大楠道代、映画監督でもある藤田敏八、麿赤児らが名を連ねている。
1980年には黒澤明の『影武者』が公開された年でもあったが、本作は熾烈な賞レースを勝ち抜き、『キネマ旬報ベスト・テン』第1位、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。鈴木清順の映画美学が改めて世に問われることとなった。