衝撃の導入から始まる記憶と真実のミステリー
『ある男』(2022)
監督:石川慶
キャスト:妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜名、眞島秀和、柄本明
【注目ポイント】
芥川賞作家・平野啓一郎が2018年に発表した同名小説『ある男』を、石川慶監督が2022年に映画化。監督はこれまでに『愚行録』(2016)、『蜜蜂と遠雷』(2019)などで高い評価を得てきた実力派。
キャストには、妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜名、柄本明といった実力派俳優が名を連ね、さらに注目の若手・河合優実も脇を固めている。
物語の中心にいるのは、離婚後に故郷・宮崎へ戻った里枝(安藤サクラ)。彼女は地元で出会った谷口大祐(窪田正孝)と再婚し、幸せな家庭を築いていた。しかし、数年後に大祐は事故で亡くなる。葬儀の場に現れた大祐の兄が、遺影を見て「これは大祐ではない」と告げたことで、物語は大きく動き出す。
衝撃の事実に動揺した里枝は、自分が愛し、結婚していた「男」が誰だったのかを突き止めるべく、弁護士・城戸章良(妻夫木聡)に身元調査を依頼する。城戸が調査を進める中で、戸籍や名前を変えて“別人”として生きていた大祐の過去が浮かび上がってくる。そして、その過程で城戸自身も、自らが在日コリアンであり「日本人としての名前」を背負って生きてきたというアイデンティティの問題に向き合わされる。
セリフではなく、細かい手の動きや視線の揺れによって人物の内面に光を当てる石川慶監督の演出はスタイリッシュであると同時に説得力があり、ともすると単なる「雰囲気映画」に堕しかねない題材を、スリリングな映画に仕立て上げている。また、自身のアイデンティティに「揺らぎ」が生じるというシチュエーション、コマ単位で計算し尽くされたカットの緻密な組み合わせによって観客を引き込む手腕は、2025年9月公開の新作『遠い山なみの光』でも健在だ。
2025年8月には本作のミュージカル化が予定されており、異なる表現手法で「ある男」の物語がどのように昇華されるのかにも期待が集まる。