生きることの不器用さが静かな共感を呼ぶ
『夜明けのすべて』(2024)
監督:三宅唱
キャスト:松村北斗、上白石萌音、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子
【注目ポイント】
2020年に刊行された瀬尾まいこの同名小説を原作とした映画作品。瀬尾まいこはこれまでも『僕らのごはんは明日で待っている』(2017)や『そして、バトンは渡された』(2021)といった原作の映画化が続き注目を集めてきた作家であり、彼女自身が経験したパニック障害の苦しみが、本作にも繊細に反映されている。
メガホンを取ったのは、『ケイコ 目を澄ませて』(2022)の三宅唱。主演はSixTONESの松村北斗と、映画や声優業でも活躍する上白石萌音がW主演を務める。さらに、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、りょう、光石研といった実力派キャストが脇を固めている。
物語の中心にいるのは、月に一度訪れるPMS(月経前症候群)に苦しむ藤沢美沙(上白石)と、パニック障害のために転職を余儀なくされた山添孝俊(松村)。最初は、やる気がなさそうに見える山添に美沙が苛立ちを覚えるものの、彼の抱える事情を知るにつれ、互いに支え合う関係性を築いていくようになる。
映画では原作に一部アレンジが加えられ、2人が勤務する職場がプラネタリウムや顕微鏡のキットを製造する会社に変更された。劇中では、小型プラネタリウムが象徴的なアイテムとして効果的に使われ、2人の心の距離が近づくきっかけとなっている。
人物同士の距離感、セリフのトーン、見つめあう時間の長さ、すべてが心地よく、劇的な展開があるわけでもないのに、不思議と画面から目が離せない。藤沢と山添は、それぞれ異なる理由で、自身の内面をコントロールすることができない状態におちいる。
本作の素晴らしさは、登場人物の感情の変化を起承転結に当てはめて「ドラマ化」することで、過度に「映画を面白くしようとする」ことをしない点にある。名手・月永雄太のカメラは、登場人物たちを一定の距離から冷静に見つめることで、登場人物たちが自分自身と折り合いをつけようとする試みをそっと見守ることに徹する。
数十年後、人間の感情の描き方を刷新したエポックメイキングな作品として、「『夜明けのすべて』以前・以後」という語られ方が一般化しているのではないだろうか? そう思わせてくれる傑作だ。
【著者プロフィール:村松健太郎】
脳梗塞と付き合いも15年目を越えた映画文筆屋。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、同年よりチネチッタ㈱に入社し翌春より06年まで番組編成部門のアシスタント。07年から11年までにTOHOシネマズ㈱に勤務。沖縄国際映画祭、東京国際映画祭、PFFぴあフィルムフェスティバル、日本アカデミー賞の民間参加枠で審査員・選考員として参加。現在各種WEB媒体を中心に記事を執筆。
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【了】