日本映画史に残る難解映画の金字塔

『ツィゴイネルワイゼン』(1980)

鈴木清順
鈴木清順【Getty Images】

監督:鈴木清順
脚本:田中陽造
原案:内田百閒『サラサーテの盤』
出演:原田芳雄、大谷直子、藤田敏八

【作品内容】

 士官学校教授の青地豊二郎(藤田敏八)は、中砂糺(原田芳雄)と旅先の宿で芸者・小稲(大谷直子)に出会う。その1年後、中砂が結婚した女性・園は小稲と瓜二つだった。

【注目ポイント】

 観終わっても、いや、何度観てもなお「わからない」と感じさせられる。それほどに不可解で、しかし強烈な吸引力を放つ映画、それが鈴木清順監督による『ツィゴイネルワイゼン』である。『夢二』(1991)『陽炎座』(1981)と並び称される“大正浪漫三部作”のひとつであり、日本映画史に残る難解映画の金字塔だ。

 物語は、大学教授の青地とその旧友・中砂が、旅先で芸者の小稲と出会う場面から幕を開ける。1年後に再会した中砂は既に結婚しており、その妻・園は小稲と瓜二つの容貌をしていた。不可解な関係のなかで中砂は謎めいた死を遂げ、やがて青地の周囲では現実と幻想の境界が曖昧になっていく。観る者はその曖昧な世界に、まるで夢の中を彷徨うかのように引き込まれていく。

 特徴的なのは、ひとりの俳優が複数の役柄を演じる仕掛けや、象徴に満ちた台詞回し、そして耽美かつシンボリックな美術演出である。これらが複雑に絡み合い、物語の論理性を解体し、詩的な混沌へと昇華している。「わからなさ」そのものが本作の本質であり、鈴木清順が追求した映画表現の極致がここにある。

 その革新性は、1980年の公開当時から高く評価され、第4回日本アカデミー賞では最優秀作品賞をはじめとする主要賞を受賞。さらに第31回ベルリン国際映画祭でも審査員特別賞を受賞し、国内外から芸術性を称賛された。

 一度観ただけでは掴みきれない。だからこそ、何度でも観たくなる。ラストシーンに辿り着いたとき、きっとあなたも再び冒頭に戻りたくなるはずだ。謎が解けるというよりも、謎と共に在ることに魅了される。『ツィゴイネルワイゼン』は、そうした“解釈しようとする衝動”を観客に与え続ける、唯一無二の作品である。

1 2 3 4 5
error: Content is protected !!