27年越しに実現した“映像化不可能”な原作

『箱男』(2024)

俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕
俳優の永瀬正敏。写真:Wakaco、ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.)スタイリスト:渡辺康裕

監督:石井岳龍
脚本:いながききよたか、石井岳龍
原作:安部公房『箱男』
出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈、佐藤浩市、渋川清彦、中村優子、川瀬陽太

【作品内容】

 段ボールを頭から被り、街をさまよう「箱男」。外界と断絶し妄想をノートに綴る彼に魅せられたカメラマンの“わたし”(永瀬正敏)は、自らも箱男として生き始めるが、やがて奇妙な試練と危険に巻き込まれていく。

【注目ポイント】

「何度観てもわからない」そんな難解なストーリーが描かれているのが、2024年に公開された映画『箱男』である。安部公房の同名小説を原作に、27年越しで実現された本作は哲学的世界を描き出している。

 登場するのは、“わたし“を監視し乗っ取ろうとするニセ医者(浅野忠信)、箱男を完全犯罪に利用しようと企む軍医(佐藤浩市)、さらに“わたし“を誘惑する謎の女・葉子(白本彩奈)といった、現実感の希薄な人物たち。そして、箱男が突然ワッペン乞食(渋川清彦)に命を狙われるなど、状況の因果が語られないまま、物語は混沌の中を進行していく。

 なかでも特筆すべきは、箱を被ったニセ医者と“わたし“が対峙する格闘シーンだ。「箱男は2人いらない」という台詞のもと、シュールな覇権争いが繰り広げられる。殺伐とした構図でありながら、どこか可笑しみを帯びたやり取りは、観る者を思わずニヤリとさせる不思議な魅力を放っている。

 このように、本作の魅力は難解さにあるのではなく、その中に時折のぞくユーモアや視覚的な面白さとのギャップにこそあるのかもしれない。

『箱男』を観ることは、物語を理解することを目的としない。むしろ、自らが箱を被るという感覚――つまり世界との距離を取り、匿名性と観察者の視点を獲得するという、ある種の体験を受け入れる行為である。

 明確な答えを求めてはならない。わからなさを恐れず、物語の混沌を楽しむ覚悟を持つ者だけが、この映画の奥底にあるもうひとつの現実に触れることができる。

【著者プロフィール:阿部早苗】

仙台在住の元エンタメニュース記者。これまで洋画専門サイトやGYAOトレンドニュースなど映画を中心とした記事を執筆。他にも、東日本大震災に関する記事や福祉関連の記事など幅広い分野で執筆経験を積む。ジャンルを問わず年間300本以上の映画を鑑賞するほどの映画愛好家。

【関連記事】
プロが選ぶ「本当に面白い2020年代の邦画」5選
ラスト15分で全てがひっくり返る日本映画は? 衝撃の結末5選
実話を基にしたバッドエンドの日本映画は? トラウマ邦画5選
【了】

1 2 3 4 5
error: Content is protected !!