哀しみの記憶が鬼を救う瞬間
猗窩座
第18巻では、炭治郎と義勇が、かつて煉獄杏寿郎の命を奪った上弦の参・猗窩座との宿命の対決に挑む。二人の連携により、猗窩座はついに首を斬り落とされるが、それでもなお肉体は崩れず、ただ「強さ」を求める執念だけが、鬼の姿を保ち続けていた。
そしてその瞬間、猗窩座の心の奥底に封じられていた人間時代の記憶が蘇る。
かつて「狛治」と名乗っていた彼の人生は、極貧と差別の中にあった。何をしても社会から救いの手が差し伸べられることはなかった彼にとって、唯一の光だったのが、優しく迎えてくれた師匠とその娘・恋雪との出会いだった。彼は彼らのもとで武術に励み、穏やかな生活を築きはじめる。だが、狛治の強さを妬んだ者たちにより、恋雪と師匠は毒殺されてしまう。
「守るべき者を守れなかった」――この取り返しのつかない喪失が、狛治の心に深い闇を刻み、やがて鬼・猗窩座としての生を選ばせることとなった。
猗窩座は、記憶を取り戻したその時、自らの存在に意味を見出せなくなり、自ら消滅していく。その姿は、まるで救済を求める魂のように、静かに朽ちていった。
鬼にもまた、奪われた日々や愛する者がいた――。
この戦いを改めて振り返ると、猗窩座の繰り出す技や型の中には、人間時代の思い出が織り込まれていることに気づく。技名や動きの美しさには、かつての恋雪や師匠への敬意と愛情が込められているのだ。
本エピソードは、鬼の哀しみと儚さ、人間だった頃の彼らの痛みを鮮やかに浮かび上がらせる。『鬼滅の刃』の中でも屈指の感動エピソードとして、多くの読者の涙を誘った。