時間が巻き戻る…逆行SFが挑む“理解力の限界”

『テネット』(2020)

クリストファー・ノーラン
クリストファー・ノーラン【Getty Images】

監督:クリストファー・ノーラン
キャスト:ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ディンパル・カパーディヤー、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー

【作品内容】

 ウクライナのオペラハウスでテロが発生する。CIAの特殊部隊の名もなき男(ジョン・デビッド・ワシントン)は、仲間を守るために捕まり毒薬を飲まされるが、薬は鎮痛剤だった。目覚めた彼は、ある男から極秘ミッションを命じられる。

【注目ポイント】

 クリストファー・ノーラン監督によるこの2020年の大作『TENET(テネット)』は、観客の理解力と集中力に挑むかのような、まさに思考型SFアクション映画だ。

 まず本作を理解するうえで、最大の障壁となるのが「時間の逆行」という極めてユニークな設定だ。『TENET(テネット)』の世界では、特殊な装置を通すことで、時間の流れそのものを逆行させた物体が存在する。たとえば、銃弾は銃口から放たれるのではなく、標的から「戻ってくる」。あるいは、クラッシュした車は、時間の巻き戻しとともに「元通り」になるといった具合に、視覚的にも鮮烈な演出が観客を圧倒する。

 さらに、「時間の逆行」は、ストーリーの構造にも食い込んでくるため観客はさらなる混乱に晒される。本作は、物語自体も複数の時間軸を自在に行き来するのだ。

 主人公は名前すら与えられず、「名もなき男」として描かれる。その一方で、彼を陰から支える存在・ニールとの関係性は、物語が進むにつれて意味を変容させていく。観終えたあとで初めて「彼らの友情は最初ではなく最後に始まっていた」ことがわかるという構成は、極めてノーラン的だ。つまり、初見で感情移入するにはあまりにも情報が足りない。

 逆行と順行が交差する時間の回廊、会話の中に隠されたヒント、映像でのみ伝えられる伏線。観客に与えられる情報があまりに多いのに対し、それが何を意味するのかに関する説明は最小限にとどめられている。専門用語が飛び交うセリフもきわめて難解。また、シーンが移り変わるスピードが速く、スムーズな物語理解を妨げる要素となっている。

 だが、「わけのわからない失敗作」と、断じてしまうのは本作と向き合う態度として不適当だろう。本作の醍醐味は「わからなさ」そのものを楽しむ姿勢にある。

 一度目の鑑賞では見落としていた伏線に、二度目でようやく気づく登場人物の動機。そして、三度目にしてようやく腑に落ちる時系列の構造――。観るたびに視界が少しずつクリアになっていく感覚は、まさに“時間”そのものと対話しているようだ。まるで自分自身が物語の迷宮に足を踏み入れ、登場人物とともに時間の謎を解き明かしていくかのような、圧倒的な没入感を味わえる作品である。

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