卑怯だが愛情深い老舗の主人

片岡愛之助(鱗形屋孫兵衛)

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第13話 ©NHK
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第13話 ©NHK

【注目ポイント】

 鱗形屋の主人・孫兵衛(片岡愛之助)は、老舗の当主らしい貫禄に満ち、名だたる俳優陣の中でもひときわ存在感を放っていた。

 老舗といえども店を黒字で維持するのは難しく、存続のためには手段を選べないこともある。孫兵衛は家族や店、奉公人を守ろうと必死になるあまり、心の奥底に潜む“黒い情念”を少しずつ露わにしていく。

 第4回「『雛形若菜』の甘い罠」では、西村屋の主人・与八(西村まさ彦)とひそかに言葉を交わし、蔦重の手柄を横取りしようと画策する。名優二人が密やかに語らうシーンは、派手な演出こそないが、そこに漂うのは重苦しい緊張と、人間の打算が生むねっとりとした悪意だ。視線や言葉の間合いに込められた心理戦が、見る者の胸をざわつかせた。

 また、第6回「鱗剥がれた『節用集』」では、孫兵衛は柏原屋の節用集の偽版の容疑で捕らえられた。偽版の制作を夜な夜な進める姿はいかにも怪しさを感じられたし、町奉公所の者たちに罪を問われたときのとぼけ具合も見事であった。

 結果として、孫兵衛は“悪役”でありながら、どこか憎めず、観る者の感情を揺さぶる存在となっている。本作『べらぼう』において、もっとも人間的な“悪”を体現しているのが片岡なのかもしれない。

1 2 3 4 5
error: Content is protected !!