善と悪の境界で揺れる人間の本質に迫る
『悪人』(2010)
監督:李相日
脚本:吉田修一、李相日
原作:吉田修一
出演:妻夫木聡、深津絵里
【作品内容】
長崎の漁村に暮らす祐一(妻夫木聡)は、出会い系サイトで知り合った佐賀の女性・光代(深津絵里)との関係を深めていくが、彼は福岡で起きた女性殺人事件の犯人だった。
【注目ポイント】
2010年に公開された映画『悪人』は、観る者の心に深く突き刺さる吉田修一原作の社会派ドラマだ。監督を務めたのは『フラガール』(2006)で知られる李相日。主演は妻夫木聡と深津絵里で、深津は本作での圧巻の演技により、第34回モントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を受賞した。
物語は、福岡郊外で起きたOL殺害事件を発端に展開する。容疑者として浮かび上がったのは、孤独な日々を送る解体作業員・清水祐一(妻夫木聡)。彼は出会い系サイトを通じて馬込光代(深津絵里)と出会い、互いに心を寄せ合うようになる。しかし、罪を背負った男と、その男を信じ抜こうとする女の逃避行は、次第に追い詰められ、やがて逃げ場を失っていく。
この映画の核心は、「犯人とされる祐一だけが悪人なのか?」という問いに集約される。被害者の佳乃(満島ひかり)は、男女関係にあった祐一に金銭を要求し、加えて増尾(岡田将生)は金持ちでわがまま、祐一が犯行に及ぶ前に彼女を車から突き落とすなど、道徳的に問題のある行動を取っている。
彼らは法治国家のもとで罪に問われなくとも、その身勝手な言動によって他者を傷つけているのだ。原作小説においても、吉田修一は人間の内面に潜むグレーゾーンを丁寧に描き出し、読者の倫理観に鋭く揺さぶりをかける。
人は誰しも、他者の中で悪人になりうる。本作は、そんな普遍的な恐ろしさを孕みながら、善と悪の曖昧な境界の中で、人を信じることの尊さと残酷さを描く。
本作を契機に、監督の李相日と原作者・吉田修一は名コンビとして知られるようになり、その後も『怒り』(2016)、『国宝』(2024)といった話題作を次々と世に送り出している。