加害と被害、愛と呪いが交差する静かなる衝撃作

『さよなら渓谷』(2013)

真木よう子
真木よう子【Getty Images】

監督:大森立嗣
脚本:大森立嗣、高田亮
原作:吉田修一
出演:真木よう子、大西信満

【作品内容】

 尾崎俊介(大西信満)とかなこ(真木よう子)夫婦の友人・立花里美が、実の子供を殺害して逮捕される。週刊誌記者の渡辺(大森南朋)は事件を追うなかで、15年前の事件と真実にたどり着く。

【注目ポイント】

 吉田修一原作の映画の中でも、歪んだ愛と赦しの極限を描き出したのが『さよなら渓谷』だ。物語の舞台は、深い緑に囲まれた山あいの静かな町。ある日、幼児の遺体が発見され、実の母親が容疑者として逮捕される衝撃的な事件が起きる。その裏で、隣人夫婦・尾崎かなこ(真木よう子)と俊介(大西信満)の関係にも不穏な気配が漂いはじめる。前科もちの俊介が殺人容疑をかけられるのだ。このことをきっかけに、ふたりの関係の異様さが少しずつ明らかになっていく。

 事件の真相を追う週刊誌記者・渡辺(大森南朋)の調査により、15年前の集団レイプ事件が浮かび上がる。俊介はその加害者の一人であり、かなこは被害者だったのだ。しかし、ふたりは現在、夫婦として共に暮らしている。この矛盾とも言える関係性が、本作の核心だ。

 かなこは、事件の被害者でありながら名前が世間に知られてしまったことで、普通の幸せから遠ざかっている。一方の俊介は、自分の犯した罪を背負い続け、かなこの傍で一生を償おうとしている。ふたりの間には、愛とも贖罪とも呪いともつかない感情が静かに渦巻いている。

 本作が真正面から描こうとするのは、幼児殺人事件の真相そのものではない。

「加害と被害」という過去と、「共存」という現在。その両者が決して交わることのないはずの線上で、複雑に絡まり続けている。

『さよなら渓谷』は、吉田修一作品の中でもとりわけ重く、苦しく、そして静かに心を打つ傑作である。ひとつの解釈には収まらない余韻が、長く心に残る。

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