芸の極致と再生の物語
『国宝』(2025)
監督:李相日
脚本:奥寺佐渡子
原作:吉田修一
出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、宮澤エマ、中村鴈治郎、田中泯、渡辺謙
【作品内容】
任侠の家に生まれた喜久雄(吉沢亮)は父を失い、上方歌舞伎の名門に引き取られる。親友・俊介(横浜流星)と芸に励むが、ある日、当主が代役に喜久雄を指名したことで2人の運命が大きく動き出す。
【注目ポイント】
吉田修一の同名長編小説を李相日が映画化した『国宝』は、歌舞伎という日本の伝統芸能を題材にしながら、華やかな舞台の奥にひそむ人間の傷みや葛藤を、鋭く、そして静かに描き出した傑作である。
主人公の立花喜久雄(吉沢亮)は、長崎を拠点とするヤクザ「立花組」の息子。父の死をきっかけに和彫りを背負い、復讐に走るも失敗。ある宴席で女形の余興を披露した姿を目に留めていた花井半二郎(渡辺謙)に才能を見出され、歌舞伎の世界に養子として迎えられる。
喜久雄は女形として頭角を現し、半二郎の実子・俊介(横浜流星)と共に芸の道を歩むが、やがて父の代役に喜久雄が指名されたことを機に俊介は姿を消し、運命の歯車が狂い始める。
血縁と才能、過去と名声、愛と喪失。様々なものに翻弄されながら、それでも芸に生きようとする登場人物たちの姿は、まるで舞台上の所作のように一挙手一投足まで計算され尽くされ、繊細な美しさで息をのむ瞬間を何度も生み出す。とりわけ本作で心を打つのは、「触れたら壊れそうな繊細さ」だ。登場人物たちは皆、何かを抱え、何かに縛られながらも前を向こうとする。その痛々しくも尊い姿に何度も胸を締めつけられる。
さらに圧巻なのは、病によって片足を切断した俊介が喜久雄と共に舞台に立つ場面だ。かつて役を巡ってすれ違った二人が、人生を経て再び同じ舞台に立つ。この場面には、血縁を越え、傷を越えた芸の極致があった。
原作は、吉田修一が3年間歌舞伎の黒衣として舞台裏に入り込んだ経験に基づいている。上下巻800ページにわたる長編だが、映画はその重厚な世界観を鮮やかに昇華し、3時間を超える上映時間を感じさせない仕上がりだ。
吉田修一作品はこれまで多数映画化され、李相日監督とは『悪人』(2010)『怒り』(2016)に続く3度目のタッグとなる。『国宝』は、このゴールデンコンビの信頼関係がクオリティを一層高めており、観終わった後も余韻が続く。吉田修一原作映画の中でも日本の後世に語り継がれるべき傑作と言えるだろう。
【著者プロフィール:阿部早苗】
仙台在住の元エンタメニュース記者。これまで洋画専門サイトやGYAOトレンドニュースなど映画を中心とした記事を執筆。他にも、東日本大震災に関する記事や福祉関連の記事など幅広い分野で執筆経験を積む。ジャンルを問わず年間300本以上の映画を鑑賞するほどの映画愛好家。
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【了】