青春と時代の闇を刻む4時間の叙事詩
『牯嶺街少年殺人事件』(1991)
監督:エドワード・ヤン
脚本:エドワード・ヤン、ヤン・ホンヤー、ヤン・シュンチン、ライ・ミンタン
出演:チャン・チェン、リサ・ヤン
【作品内容】
1960年代初頭の台北。不良グループとつるむ少年・シャオスー(チャン・チェン)は、ある日出会った少女・シャオミン(リサ・ヤン)に恋心を抱く。だが彼女を巡る抗争と、ボスの復帰が事態を激化させ、シャオスーの運命も大きく揺れ動いていく。
【注目ポイント】
上映時間3時間56分。映画としては長尺ではあるが、その時間の壁を超えた先にあるのは、圧倒的な人生と時代の重みである。
エドワード・ヤン監督による1991年の台湾映画『牯嶺街少年殺人事件』は、ひとりの少年が歩む破滅の道を通して、時代の闇と個人の内面を見つめる青春群像劇だ。物語は殺人事件の再現ではなく、1960年代初頭の台北という歴史的背景の中で揺れ動く若者たちの葛藤を丹念に描いていく。
主人公・小四(シャオスー)は、建国中学の昼間部に落ち、夜間部に通う14歳の少年。家庭では、国家と運命をともにした父親との緊張関係に苦しみ、学校では不良グループ「小公園」とつるむ日々を送っている。そんな彼が、心に傷を負った少女・小明(シャオミン)と出会ったことで、やがて恋と暴力の渦に飲み込まれていく。
この作品で特筆すべきは、4時間近い長尺が決して冗長にならず、むしろ映画の深みそのものに直結していることだ。小四の周囲で起こる出来事のひとつひとつが、ただの青春ドラマに留まらない力を持っている。たとえば、リーダー格の少年・ハニーの突然すぎる死。懐中電灯と小刀という対照的な小道具の意味。光と闇の狭間で、希望と絶望の境界が何度も交差する。小四が小刀を手にするその瞬間まで、彼の人生はいつから狂い始めていたのか考えずにはいられない。
なお、本作には188分のショートバージョン(通称・3時間版)も存在する。近年公開された4Kレストア・デジタルリマスター版はオリジナルの236分尺で、3時間版でのみ観られるシーンはない。そのため、ショートバージョンを“未完成”と捉える向きもあるが、3時間版を仕上げたのもまたエドワード・ヤン自身であり、そこには異なる編集哲学と構成の妙が息づいているに違いない。ゆえに、今ではおいそれと観ることができなくなってしまった3時間版の視聴を切望するファンも少なくない。