皇帝から一人の人間へ、栄光と転落の物語

『ラストエンペラー』(1987年)

映画『ラストエンペラー』
映画『ラストエンペラー』【Getty Images】

【作品内容】

 1950年、共産化された中国・ハルピンの駅で、自殺を図る一人の男(ジョン・ローン)。それは清朝最後の皇帝・溥儀だった。混乱の中、彼の脳裏には激動の人生と過去の記憶が次々とよみがえっていく。

【注目ポイント】

 イントロダクションの数音だけで、一気に異世界へと引き込まれてしまう。そんな映画がある。本作も、そのひとつだ。アカデミー賞を席巻したこの歴史大作の扉を開けるのは、坂本龍一が作曲した繊細かつ荘厳なテーマ曲。坂本は本作でアカデミー作曲賞を受賞している。

『ラストエンペラー』のオリジナル全長版の上映時間は218分。数字だけ見れば、敬遠したくなるかもしれない。だが、この映画には長いと感じさせる隙がない。3歳で皇帝に即位し、やがて戦犯、そして名もなき市民として生きた愛新覚羅溥儀の数奇な人生を構成はリズミカルで、むしろテンポの良さすら感じる。

 何より圧巻なのは、その圧倒的なスケールだ。紫禁城で実際に撮影された映像は息をのむ美しさで、皇帝として迎えられる冒頭のシーンには1,500人を超えるエキストラが動員された。その荘厳さ、色彩、構図はまさに芸術作品といえるだろう。

 とはいえ、本作の魅力は豪華な映像美だけではない。特筆すべきは、物語の語り口にある。時系列を前後させるフラッシュバック形式によって再教育施設での現在と皇帝時代の過去が交互に描かれている。

 そして物語の終盤、再教育施設で花の世話をする姿や、観光地と化したかつての皇居を訪ねる老年の溥儀の描写には、ある種の穏やかさと皮肉が同居する。人間が権威を失い、一個人として生きる姿は、どこか希望にも似た感情を呼び起こす秀逸なシーンとなっているといえるだろう。

 歴史のうねりに翻弄されながら、何者でもなくなっていく男の姿。その過程に共鳴するからこそ、3時間近くの長さを意識する間もなく引き込まれていく。

 主演のジョン・ローンは、威厳と脆さをあわせ持つ難しい役を見事に演じている。共演のジョアン・チェンやピーター・オトゥールなど、国際色豊かな俳優たちの演技も印象的だ。

 歴史の重みを描きながらも、人間らしさをしっかりと感じさせる。壮大でありながら静かな人間ドラマとして描かれたこの作品は、丁寧な構成と美しい映像によって傑作と呼べる映画に仕上がっている。

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