2025年上半期、ベスト映画は? 最も面白かった日本映画5選。見逃し厳禁…絶対に押さえておくべき作品をセレクト

text by 阿部早苗

2025年上半期の邦画界は、多彩なジャンルの作品が観客を魅了した。圧倒的な興行収入を記録した話題作から、青春や家族の物語を丁寧に描いた感動作まで、多くの名場面がスクリーンを彩った。その中でも特に印象深い5本を厳選し、その魅力を振り返る。(文・阿部早苗)
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老いと孤独を今までにないアプローチで描く

『敵』

映画『敵』
ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA

監督:吉田大八
脚本:吉田大八
キャスト:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、中島歩

【作品内容】
 渡辺儀助(長塚京三)77歳は、妻に先立たれ一人暮らし。毎朝決まった生活を送り、料理や衣類、文房具まで丁寧に扱い、友人や教え子をもてなす日々。しかしある日、書斎のパソコンに「敵がやって来る」と不穏なメッセージが現れる。

【注目ポイント】
 2025年上半期、邦画界で特に注目された作品の一つが吉田大八監督の映画『敵』である。筒井康隆の同名小説を原作に、俳優・長塚京三が12年ぶりに映画主演を果たしたことも公開前から話題となった。

 物語は、77歳の元大学教授・渡辺儀助(長塚京三)が、穏やかな日常の中で突如「敵がやって来る」という予告めいたメッセージを受け取るところから始まる。平穏な生活が崩れ始める中、儀助は自身の心の奥底に潜む恐怖や孤独と向き合うことになる。

 『きみの鳥はうたえる』(2018)をはじめ、三宅唱監督とのタッグで美しい映像を紡いできた四宮秀俊による美しいモノクロ画面は陰影のコントラストが強烈で、登場人物の微細な心の揺れをさりげなく際立たせる。

 台所で食事をこしらえる、書斎でメールに目を通す、庭の掃除をする…といった何の変哲もない日常描写を積み重ねつつ、ちょっとした違和感を紛れ込ませることで、主人公の生に忍び寄る破局の予感を言葉に頼らず、映像と音響の力によって立ち上げる、吉田大八の演出力は冴えに冴えまくっている。

 また、そこはかとないエロティシズムも本作を興味深くしているポイントだろう。瀧内公美、河合優実、黒沢あすかというタイプの異なる3人の女優の肉感的な魅力は、引き締まったモノクロ画面の中でも際立ち、儀助の灯の消えかかった情欲を強かに刺激する。とりわけ、長塚が夢の中で教え子である瀧内公美のスカートに手をかけ、白い下着が露わになるショットは、モノクロの力を十二分に活かした素晴らしいカットとなっている。

 第37回東京国際映画祭に出品され、コンペティション部門で最高賞、最優秀監督賞、最優秀男優賞の三冠を制覇したた本作は、2025年上半期の日本映画を語る上で、決して外せない一本といえるだろう。

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