幻の社会派サスペンス

『マークスの山』(1995)

中井貴一
中井貴一【/Getty Images】

監督:崔洋一
脚本:丸山昇一、崔洋一
出演:中井貴一、萩原聖人、名取裕子

【作品内容】
 東京・目黒で元吉富組組員・畠山宏(井筒和幸)が殺害され、頭部に直径1センチの異様な穿孔が確認された。合田雄一郎(中井貴一)警部補ら捜査一課七係は、畠山宅から覚醒剤や弾薬、大金を押収。訪問者証言を得て、住所を把握していた人物の洗い出しを進めていくが――。

【注目ポイント】
 1995年、崔洋一監督が高村薫の直木賞受賞作を原作に映画化した『マークスの山』(早川書房)。警視庁捜査一課の合田雄一郎警部補が、南アルプス北岳での過去の罪と現在の連続殺人を結びつける謎に挑む社会派サスペンスである。

 物語は冒頭から暴力や性描写を容赦なく突きつけつつ、陰惨でありながらどこか儚さを帯びた犯人像を描き出す。背景には「学園闘争」という時代の闇が横たわり、長い年月を経て現代の犯罪へとつながっていく構図が浮かび上がる。

 合田と須崎警部補(萩原流行)のライバル関係や、権力の影に翻弄される警察内部の緊張感が物語を厚みのあるものにしており、終盤の北岳のシーンは圧巻だ。撮影を担った浜田毅のカメラは絶品で、90年代邦画特有の重厚な空気を封じ込めているといえるだろう。

 だが、この劇場版『マークスの山』はいまや幻の映画だ。流通しているのはVHSとレーザーディスクのみで、DVD化は一度もされず、配信サービスにも並ばない。中古市場では数千円から一万円超まで値が動き、状態の良いテープやLDはレアアイテムとして扱われている。

 また、2010年にはWOWOWが連続ドラマ版を製作し放送されたが、劇場版との評価は賛否分かれている。劇場版は鑑賞困難であるがゆえに、皮肉にも映画コレクターズ市場において特別な存在へと押し上げられている作品といえるだろう。

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