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少女の叫びが卵に満ちる時、完璧なはずの空間で悲劇が生まれる

『ハッチング ー孵化ー』(2022年)

出典:Amazon

舞台:フィンランド
監督:ハンナ・ベルイホルム、
脚本:イリヤ・ラウチ
出演:シーリ・ソラリンナ、ソフィア・ヘイッキラ、ヤニ・ボラネン、レイノ・ノルディン

【作品紹介】

フィンランドの新鋭女性監督、ハンナ・ベルイホルムの長編デビュー作。12歳の少女・ティンヤは、完璧な家族の動画を発信することに夢中な母親を喜ばせるため、体操大会優勝を目指し日々特訓に励んでいた。

ある夜、魔が差したティンヤは森で倒れる鳥を死に追いやってしまう。彼女はそこで見つけた奇妙な卵を持ち帰り、家族に隠れて自室のベッドで大切に温める。母親の不倫現場を目撃しショックを受けるティンヤだが、日々募る家族への不信感に比例するかのように卵はどんどん大きくなり、遂に割れた殻から姿を現したのは…。

【注目ポイント】

監督のハンナ・ベルイホルム【Getty Images】
監督のハンナベルイホルムGetty Images

家族の闇に焦点を当て、社会問題をホラーとして昇華させた北欧映画を紹介したい。

世界146カ国中、幸福度ランキング5年連続1位を記録したフィンランド。本作は、そんな「世界一幸福な国」で暮らす、一見とても幸せそうな家族の崩壊を描く。

まず注目したいのが、独創的な世界観を演出する美術へのこだわりだ。緑豊かな自然に囲まれた住宅街で暮らす一家の室内は、花柄の壁紙やシャンデリアなどで構成され、非常にラブリー。完璧主義な母親によって選び抜かれたものたちだろう。だが、徹底的に洗練された空間は、ときに我々に強い違和感を感じさせる。そしてその違和感が、これから起こる事態の恐怖を増幅させる効果を担う。

主人公の少女・ティンヤの母親は、表面的な幸福をSNSで公開することで承認欲求を満たしている。しかし、輝かしい生活を必死に演出する人間の実情は空虚なものであることが大半だ。

ティンヤには弟がいるが、空気が読めず言動が荒い彼に対する母親の態度はどこか冷たい。自身のチャンネルでも「娘は私の誇り」とティンヤについてのみ語り、弟には言及していない。

加えて父親は妻の浮気を黙認するほどの無関心さである。母親にとってティンヤだけが心の拠り所であったことは、物語終盤の「せめてあなたぐらい私を幸せにしてほしかった」というセリフからも明白だ。

母親はティンヤに自己を投影し、かつて叶えられなかった「大会優勝」という夢を託す。母親の理想に身も心も捧げ続け、家庭内不和に精神をすり減らせるティンヤの抑圧された想いは日々募っていく。本作は親に振り回されるそんな子供の悲劇を、卵に宿る怪物として鮮やかに描き出した。

「毒親」というワードが浸透して久しいが、本作で描かれるような親子の問題は日本でもしばしば見られる光景である。「世界一幸福な国」と言われるフィンランドでこのような映画が製作されたことは、事の深刻さが世界的なものである事実を裏付けている。

(文・佐澤ともみ)

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