江渡貝弥作に重なる猟奇殺人者ノーマン・ベイツの影
『サイコ』(1960)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョセフ・ステファノ
出演:、アンソニー・パーキンス、ヴェラ・マイルズ、ジョン・ギャヴィン、マーティン・バルサム、ジョン・マッキンタイア、ジャネット・リー
【作品内容】
大雨に見舞われた妹が消息不明となり、足取りを追い、姉ライラは寂れた宿に辿り着く。
そして1人で宿を切り盛りする青年と出会うが、不可解なことに巻き込まれるホラー・スリラー映画。
【注目ポイント】
漫画『ゴールデンカムイ』8巻の21、22話に登場する江渡貝弥作という青年にまつわるエピソードは、映画『サイコ』にインスパイアされている。
江渡貝は、夕張の郊外にて剥製工房を営む青年の職人で、人間の皮を用いて革細制作を行っている。
作中では鶴見中尉から、“刺青人皮”の偽造製作を依頼され、後にそれは金塊争奪戦に大混乱を引き寄せる。江渡貝は、鶴見中尉に心酔していたキャラの1人だ。
迷キャラクターとして、高く評価され、全314話の中、2話しか登場しないが、読者に鮮烈なインパクトを残した登場人物でもある。
そんな『ゴールデンカムイ』の江渡貝には、アルフレッド・ヒッチコックの名作『サイコ』に登場する青年ノーマン・ベイツの面影がある。どちらも厳しい母親のもとで育ち、精神的に虐げられており、母親が亡くなって以降も、ずっと支配下にある。
『サイコ』のノーマンは、母親に捨てられるという恐怖心から、彼女を殺害した過去を持つ。母親の呪縛から解放されるはずだったが、むしろ彼女への依存を強め、母親を墓から掘り返す。挙句の果てには、母親の人格を内に宿し、二重人格になってしまう。
一方、江渡貝は母親から歪んだ愛情と教育を受けて育ち、ノーマンと同様、亡くなった母親の人格が出現するが、鶴見中尉と出会い、母親の死体の脳天を撃ち抜いたことで、彼は母親の呪縛から解かれ、自身を救ってくれた鶴見中尉に心酔していく。
興味深いのは、『ゴールデンカムイ』では、映画『サイコ』に影響(母親に関する描写、女性の言葉で話す青年という設定)を受けつつ、結末を正反対にすることで、単なるオマージュではなく、オリジナリティを強く押し出しているという点だ。
翻って考えると、『サイコ』のノーマン・ベイツも鶴見中尉のように、自分の歪んだ心を受け入れてくれる存在が近くにいれば、また違った運命を辿っていたのかもしれない。