主人公・キキはどこにでもいる普通の女の子
『ハリー・ポッター』シリーズでは、あくまで伝統的な学校教育のもと壮大な魔法使い同士のバトルが繰り広げられる。一方『魔女の宅急便』では、自立したばかりの若者が新しい環境で抱える葛藤を真剣に描いている。
キキが一人前の魔女になるために直面する問題は、死喰い人(デス・イーター)やライバルの登場ではない。私たちが経験しうる現実的な問題ー、つまり、自身のスキルを駆使して生活費を工面し、自力で生活するという問題だ。
面白いことに、キキが使用できる魔法は、「ほうきで飛ぶ」というものだけだ。自分が持っている唯一の魔法(スキル)を他の人を助けるために使う。それ以外は普通の女の子と全く変わらない。
作中では、キキが大きな葛藤を抱くシーンが描かれる。それは彼女が、母から受け継いだ魔法を使えなくなった瞬間だ。
空を飛べなくなり、ジジの言葉も理解できなくなったキキは、画家の友人ウルスラに「私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのか、分からなくなっちゃった」と、自身の悩みを吐露する。
それに対してウルスラは「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる」と答える。ここから宮崎が、魔法を芸術のテクニックになぞらえていることが分かる。
ウルスラはキキに、一旦魔法から離れ、そもそもなぜ魔女になりたいのか、ほうきで飛ぶ動機は何なのか、といった問いを吟味した方が良いと伝える。そしてキキは、芸術同様、自身の精神とインスピレーションこそが自身の魔法のエネルギーであることを悟るのだ。