予定調和を打ち壊す…。ジャズのような漫才スタイル
アンタッチャブル(M-1グランプリ2004王者)
メンバー:山崎弘也(ボケ)柴田英嗣(ツッコミ)
所属:プロダクション人力舎
コンビ結成年:1994年
【注目ポイント】
「来年は本命じゃないかと思うくらい、アンタッチャブルが凄かったですわ」
2003年大会の総評で審査委員長の島田紳助は言った。その言葉の通り、翌年、アンタッチャブルは関東芸人初のM-1優勝を達成する。
彼らの漫才の醍醐味は圧と圧のぶつかり合い。山崎の底知れぬ体力から無限に繰り出されるボケもさることながら、柴田の「今日日(きょうび)高校生が120円でマンスリーをどうやって過ごすんだよ!?」「お前自販に忠実だなぁ!か〜いとかいいんだよニョロニョロわよぉ」というツッコミの言い回しも抜群に面白い。
驚くことにアンタッチャブルの漫才に台本はなく、あるのはペライチに書かれた設定と大まかな流れのみらしい。
2020年3月に放送されたバラエティー番組『あちこちオードリー』(テレビ東京)の中で、彼らと交流の深い伊集院光はアンタッチャブルの漫才を「ジャズ」と表現した。予定調和でないがゆえのワクワク感に観客は惹きつけられ、そのパワーに圧倒される。そして、いつのまにか手を叩きながらスウィングしているのだ。
【アンタッチャブルの漫才を映画にたとえるなら】
『空白』(2023)
製作国:日本
上映時間:107分
監督: 吉田恵輔
キャスト:古田新太、松坂桃李、田畑智子
「せーの、子供のしつけって大変だよね!」
アンタッチャブルが最終決戦で披露した漫才のつかみだ。この漫才をぜひ観てほしい映画の登場人物がいる。吉田恵輔監督映画『空白』の主人公・添田充だ。
漫才と映画。この2つの共通点は「万引きした(可能性のある)我が子のために奮闘する父親」という設定だ。添田を演じる古田新太も、父親を演じる山崎もある種のモンスターであることは間違いない。唯一無二の「圧」で観客の心を鷲掴み、釘付けにさせる。
では、添田と山崎の違いは何か…「我が子との対話の有無」である。思春期の息子にしつこいくらいに話しかける山崎とは対照的に、添田は娘の花音(伊東蒼)と口を聞かない。いや、聞く耳すら持っていなかった。そんな悩みを打ち明けられないストレスが、花音を万引きという犯罪行為に走らせたのかもしれない。
そして、花音はスーパーの店長・青柳(松坂桃李)に追いかけれ、挙句トラックに巻き込まれ死んでしまう。元妻で、花音が唯一心を開ける相手だった翔子(田畑智子)の言葉が刺さる。
翔子「花音の何知ってる? 好きな食べ物は? 好きなテレビや音楽は?」
娘の死をきっかけに添田は変わる。美術部だった花音にならって絵を描き始めたり、花音の本棚にあった漫画を読んでみたり、今はもういない娘を理解しようとする。まるで、息子が好きなモー娘。の「ピース」をこっそり聴いていた山崎のように。
そんな『空白』、あまりに救いのない映画であることは事実なのだが、なぜか口が綻んでしまうシーンも多い。特に、添田の描いた下手な絵を漁師の弟子の龍馬(藤原季節)がいじるシーンの見事な三段オチ。しかも、そのシーンは映画全体のオチにも効いてくる。
添田が果たせなかった親子の意思疎通、アンタッチャブルの漫才のような息の合ったコンビネーションが間接的に成立する瞬間が最後の最後に訪れ、全てを失った添田の「救い」となる。
ぜひ、どん底に落とされて、最後にほんの少しだけ“あったか〜い”気持ちになっていただきたい。