過去作から見る吉田恵里香の多角的な視点
そんな本作を手がけるのは、脚本家・吉田恵里香。彼女は多角的な視点の持ち主で、ジェンダーやセクシュアリティの多様性を中心に、社会的なテーマを題材とした物語を紡いできた。
中でも岸井ゆきのと高橋一生がW主演を務めた2022年のドラマ『恋せぬふたり』(NHK総合)の評価は高い。現在のテレビ界を支える優秀な脚本作家に贈られる「第40回向田邦子賞」を受賞した本作は、他者に恋愛感情を抱かず、性的に惹かれることもない「アロマンティック・アセクシュアル」に焦点を当てた地上波初のドラマとされている。
恋愛至上主義社会において、ないものとして扱われてきた彼らの息苦しさ、将来への漠然とした不安を描きつつも、最後は恋愛に依拠しない生き方を提示してみせた。主人公2人と同じモヤモヤを抱える人にとって、きっと救いのようなドラマとなったことだろう。
漫画原作の『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020、テレビ東京系)においても様々な問題意識を持つ吉田の本領が発揮されている。本作は、童貞のまま30歳を迎えたことにより、「触れた人の心が読める魔法」を手に入れた主人公の安達(赤楚衛二)が、社内随一のイケメンで仕事もデキる同期の黒沢(町田啓太)から恋心を寄せられていることに気づくところから始まるラブコメディ。“チェリまほ”として愛され、社会現象を巻き起こした。
その理由の一つに挙げられるのが、作品の随所に感じる安達と黒沢への温かな眼差しだ。男性同士の恋愛をからかうような描写は一切なく、コミカルさもありながら純粋なラブストーリーとして描き切った吉田。
登場人物のセクハラや時代錯誤な発言にきちんと台詞でNOを突きつけるところにも、彼女の誠実さを感じた。『君の花になる』(2022、TBS系)や『生理のおじさんとその娘』(2023、NHK総合)でも本筋のテーマとは異なるところで、多様な性や生き方をさらっと描いているのもポイントだ。あるものをないものとせず、ストーリーに盛り込んでいく彼女のドラマは私たちに新たな気づきと、社会のあり方について考えるきっかけを与えてくれる。