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「あなたは人肉を食べたことがありますか?」
極限状態で問われる人間の道徳と倫理

『ひかりごけ』(1992)

三國連太郎【Getty Images】
船長と校長の二役を演じる三國連太郎Getty Images

上映時間:118分
監督:熊井啓
脚本:池田太郎、熊井啓
出演:三國連太郎、奥田瑛二、田中邦衛、杉本哲太、内藤武敏

【作品内容】

 北海道・羅臼のとある中学校。校長が羅臼を訪れた作家をマッカウス洞窟に案内する。洞窟の中で金緑色の光を放つひかりごけに圧倒される2人。その帰途、校長は、過去に起ったとある事件の顛末を作家に語った-。

 時は昭和18年。太平洋戦争が終わりを迎えようとしていたこの冬、4人の男が島に漂着する。しかし、羅臼の厳しい冬に一人、また一人と斃れていき、最終的にマッカウス洞窟に逃げのびた船長のみが奇跡の生還を果たす。だが、生還から5か月後、沖に漂着したリンゴ箱の中から人骨と衣服が発見されると状況は一変。美談は一気に陰惨な食人事件に変わる-。

【事件・作品概要】

「ウミガメのスープ」をご存じだろうか。限られた情報から答えを導き出す「水平思考クイズ」を指すこの名前は、とあるクイズがもとになっている。

海辺のレストランに、男がやってきて、ウミガメのスープを注文した。
彼はスープを一口飲んだあと、すぐにシェフを呼んで尋ねた。
「これは本当にウミガメのスープですか?」
シェフが「そうです」と答えると、男は家に帰って自ら命を絶った。
なぜか。

 この問題の答えは、次のようなものだ。

 男はかつて、とある船の乗組員だった。彼はある日、海難事故に遭遇し、仲間たちと無人島に漂着した。

 食料が尽き次々と斃(たお)れていく仲間たち。そんな中、男は仲間から「ウミガメのスープ」を飲むように勧められる。

「ウミガメのスープ」で何とか命を繋ぎ、最終的に救助船に救われる男。しかし、その後、男はレストランで気づいてしまう。

 あの時自分が食べた「ウミガメのスープ」が、実はニセモノであったことに-。

 さて、そんな「ウミガメのスープ」を地で行くような話が、太平洋戦争末期に起こった。

 それが、世間に名高い「ひかりごけ事件」だ。

 本作は、北海道で実際に起こった食人事件を題材にした社会派映画。原作は武田泰淳の同名小説で、監督は『黒部の太陽』(1968)や『海と毒薬』(1986)で知られる熊井啓が担当。キャストには三國連太郎をはじめ、奥田瑛二や田中邦衛、杉本哲太らが名を連ねている。

 一般的に、カニバリズム(食人)を描いた作品というと、センセーショナルな作品を連想される方も多いだろう。しかし、本作の演出は堅実で、役者の重厚な演技が軸となって進んでいく。

 特に圧巻は、船長と校長の二役を演じる三國連太郎だろう。『神々の深き欲望』(1968)や『楢山節考』(1983)など、奇人や怪人を演じさせたら右に出る者はいないと称されていた三國。本作では、人を食うまでに追い詰められた人間の本性を、本能むき出しの「人を食った演技」で体現している。

 そして、本作の最大の見どころは、ラストの法廷シーンだ。このシーンでは、洞窟のシーンとは打って変わって理性を取り戻した船長が、裁判官に「私が食べた3人にだけ、私を裁くことができる」と喝破する。極限状態を体験した人間でなければ到達できない、人間の道徳性の極限だ。

 極限状態にいる人間を法で裁くことはできるのか? 本作が投げかける「クイズ」に、私たちは答えを導き出せていない。

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