生命倫理を問う手塚治虫の最高傑作
まずは、『ブラック・ジャック』について紹介しよう。
本作は、1973年から1983年にかけて『週刊少年チャンピオン』に連載された医療漫画作品。作者は「漫画の神様」と呼ばれた戦後日本のストーリー漫画の第一人者・手塚治虫で、主人公は、顔に傷がある天才外科医・間黒男(通称ブラック・ジャック)だ。
ブラック・ジャックは無免許ながら世界一の腕を持っており、実際彼にしか治せない病気も多い。そのため作中では多くの患者たちが藁をもすがる思いでブラック・ジャックのもとを尋ねる。
とはいえ、ブラック・ジャック自身もすんなりと要求を飲み込むわけではない。彼は手術と引き換えに、患者に数千万円単位の手術料を要求。相手が拒否したり怒り出したりするや、あっさりと断ってしまう。
ゴッドハンドを持ちながらも、無免許で法外な手術料を要求するブラック・ジャックは、医学界では「ならずもの」扱いされている。しかし、意外にも彼は、義理人情に厚く性根は優しい。例えば第193話「がめつい者同士」では、生きる望みを失って心中した工場長一家をなんと「50円改め30円」で手術している。手術料に彼の思想が現れるのは彼が無免許だからこそだろう。
さて、そんなブラック・ジャックを語る上で欠かせないのが、ブラック・ジャックの「助手」をつとめるピノコだ。舌足らずな口調でブラック・ジャックをサポートする彼女は、女性の患者の卵巣の奇形腫に入っていたパーツから誕生した女の子で、本来は患者の「双子の妹」になるはずだった存在。患者から受け入れを拒絶されて以降は、ブラック・ジャックと生活をともにしている。
なお、物語としては全体的に人間の生命倫理を問うような物語が多い。その象徴的なキャラクターがドクター・キリコだろう。彼は、瀕死の患者の安楽死を生業とする医師で、いわばブラック・ジャックのネガ的存在だ。謎めいた存在である彼は、作中で何度もブラック・ジャックと対立する。医学の博士号を持つ手塚だけに彼の死生観が色濃くにじみ出ているのだ。