「こんな人間がどこにいる!」手塚治虫が絶叫した宍戸錠版
さて、そんな『プラック・ジャック』が、当初は「恐怖コミックス」という触れ込みで連載されていたと聞けば驚かれる方も多いかもしれない。
確かに初期作品には、人間を手術で鳥に変える第5話「人間鳥」や大脳を胸に移植された鹿が人間を襲う第11話「ナダレ」など、猟奇的でグロテスクな描写が多かった。しかも、本作が連載を開始した1970年代は、『ゲゲゲの鬼太郎』(水木しげる)や『恐怖新聞』(つのだじろう)といったオカルト漫画全盛の時代で、医療漫画はまだジャンルとして確立されていなかった。本作を“恐怖コミックス”といっても違和感はないのだ。
さて、はじめて実写化された映画作品である映画『瞳の中の訪問者』(1977)でも、原作のオカルトチックな雰囲気が引き継がれている。脚本は、大河ドラマ『独眼竜正宗』(1987)で知られる名脚本家、ジェームス三木で、監督は『時をかける少女』(1983)や『青春デンデケデケデケ』(1992)で知られる名匠、大林宣彦。そして、ブラック・ジャックを演じるのは、“エースのジョー”として親しまれたアクションスター、宍戸錠だ。
原作となった物語は、ブラック・ジャックの手で角膜移植手術を受けた女性(映画版では片平なぎさが演じている)が、角膜に映った男性の幻に心を奪われるという「春一番」(第167話)。女性の初恋を描いた傑作だが、映画版ではチープな音楽とクサいセリフも相まって、全体的に2時間サスペンスもののような出来になってしまっている。
そして、最大の問題はブラック・ジャックのメイクだろう。ブラック・ジャックといえば顔の左半分を覆うつぎはぎの皮膚がトレードマークだが、本作のブラック・ジャックの皮膚は青色で、あまりにもオカルトに寄せすぎている。これには映画を観た手塚も「こんな人間がどこにいる!」と苦情を叫んでおり、本編でもピノコを通して「先生キヤイ! 先生の宍戸錠!」と実に率直に気持ちを吐露している。
とはいえ、本作が明らかな失敗作であることは監督の大林自身もうすうす気づいていたようで、後に「映画じゃない映画」とまでこき下ろしている。