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デビュー作で圧倒的な実力をみせ80年代の日本映画界を支える

●薬師丸ひろ子『野生の証明』(1978)

薬師丸ひろ子【Getty Images】
薬師丸ひろ子【Getty Images】

監督:佐藤純彌
脚本:高田宏治
出演:高倉健、中野良子、薬師丸ひろ子

【作品内容】

 1980年代、東北の田舎で虐殺事件が発生する。その生き残りで心に傷を負った少女・長井頼子(薬師丸ひろ子)は、偶然、訓練中に事件に遭遇した自衛官の味沢岳史(高倉健)に引き取られる。この2人が東北の地方都市に潜む陰謀に巻き込まれていく。

 原作は森村誠一の同名小説。同じく森村が原作の『人間の証明』に続いて、角川春樹の依頼によって執筆されたものだ。監督は『新幹線大爆破』(1975)で知られる佐藤純彌。キャストには、三國連太郎、舘ひろし、松方弘樹、丹波哲郎、梅宮辰夫など往年のスターが揃った。

【注目ポイント】

 本作がデビュー作の薬師丸ひろ子は、当時13歳。凶悪な事件のトラウマを抱え、かつ予知能力があるミステリアスな少女の役を見事に演じ切った。

 事件によって家族を殺害され、心を閉ざし、当初言葉を発せない頼子。家族を失い、天涯孤独の身となった人間を演じるのは大人の役者でも難しい。しかし、彼女はごく自然にキャラクターを憑依させ、物語を牽引する役目を完璧にこなしている。

 その後、頼子は、高倉健演じる味沢と共に暮らすようになり、少しずつ心を開いていく。ここで同じ少女かと思うほど、彼女の表情が明るく、活発になるのも見逃せない。しかし、幸せな時間は長くは続かない。次第に味沢への不信感や過去のフラッシュバックなどもあり、2人の関係は悪化していく。その過程を繊細に表現する薬師丸の芝居は、名優・高倉健に決して引けを取らない。

 物語のラスト、父として育ててくれた味沢への情を捨てきれない頼子は、彼に駆け寄った際に、銃撃され死んでしまう。「お父さん、ありがとう」と言い残して息を引き取るシーンは、今観ても泣ける。当時、映画館で過呼吸になった観客も少なくないのではないだろうか。

 本作のオーディションで頼子役を射止めた薬師丸。審査員である角川春樹の強い推薦があったという。角川は薬師丸の特異性を、彼女の「目」に見出したというが、確かに本作では、彼女の力強く、芯のあるまなざしの演技が作品を通して堪能できる。

 デビュー作で角川春樹や佐藤純彌といった映画界の巨匠たちと、はからずも交差してしまった薬師丸ひろ子。壮絶な体験をし、自分の意思ではないところで大人の世界に触れていく頼子と、どこか共通点がある。その後、薬師丸は、相米慎二、澤井信一郎、根岸吉太郎といったそうそうたる名匠と組み、80年代の日本映画界を支えることになった。

(文・市川ノン)

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