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NHK朝ドラ『虎に翼』が期待以上の傑作になったワケ(3)「男装の麗人」という言葉が広まった1930年代の雰囲気を再現

text by 田中稲

各所で好評を博している、伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』。本作は、日本初の女性弁護士になった人物の情熱あふれる姿を描く。物語は終戦を迎え、6月から新章がスタートした。今回は、放送開始から2か月にわたる物語を当時の文化史と共に振り返るレビューをお届けする。(文・田中稲)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価】

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【著者プロフィール:田中稲】

ライター。アイドル、昭和歌謡、JPOP、ドラマ、世代研究を中心に執筆。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)『昭和歌謡出る単 1008語』(誠文堂新光社)がある。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」を連載中。「文春オンライン」「8760bypostseven」「東洋経済オンライン」ほかネットメディアへの寄稿多数。

「男装の麗人」という言葉が広まった1930年代

連続テレビ小説『虎に翼』©NHK
連続テレビ小説『虎に翼』©NHK

 寅子が日本国憲法を見て笑顔を取り戻したのはホッとした。が、気になるのが、寅子の学友の中で、異彩を放っていた男装の山田よね(土居志央梨)の安否だ。

 寅子が初対面で「かっこいい! 水の江瀧子みたい」と歓声を上げていたが、わかる。私もよねさんのファンである。口は悪いし性格も極端だが、ツンデレ具合がたまらない。

 当時、よねさんのように男装をし、社会で活躍する人たちがいた。「男は男らしく、女は女らしく」という時代であったが、ちょうど寅子が明律大学に通っていた1930年代は、日本で「男装の麗人」という言葉が広まったころだったのだ。

 その火付け役になった一人こそ、寅子のセリフにも出てくる、松竹少女歌劇団の水の江瀧子。日本の少女歌劇史上初めて断髪した男役で、ターキーの愛称ですさまじい人気を誇っていた。のちに彼女は映画プロデューサーとなり、石原裕次郎を見出したのは有名な話。自分がスターだっただけではなく、スターを見る目まであったのだ。

 そしてもう一人は、「東洋のマタハリ」と言われた軍人・川島芳子。彼女は16歳でピストル自殺未遂を起こし、そのまま断髪(理由は義父に襲われたショックからなど、諸説あり)。そのときしたためた「女を捨てる」という決意文書が日本の新聞に載り、注目された。

 そのセンセーショナルさに加え、芳子は容姿端麗、さらに清朝皇室出身だった。非常にドラマチックな要素が集まっていたこともあり、アイドル的な人気を誇ったのだった。戦時中は日本軍のスパイとして諜報活動に従事し、戦後まもなくして中華民国政府により、銃殺刑に処されるという波乱の人生を送っている。

(文・田中稲)

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