「他人の介入」が必要な場合もある
なんだか物悲しい話だった。
真面目に、勤勉に生きてきた前島は、それを息子にも押し付け、息子もそれを受け入れていた。しかし、やがて息子の心はくじけ、引きこもり状態に陥る。そしてゴミを集め、家の中に乱雑に放置していく。劇中でも「ホーダー」という単語が登場したが、異常なほどにものを集めたり溜めこむ人のことを言い、捨てるのは抵抗があるのだそう。
前島からしてみれば、そんな息子の状態は見るに堪えなかっただろう。おまけに、ある日、息子は血がついた雑誌の束を持って帰ってきた。前島は息子が警察官を殺したのだと思い、ほぼ軟禁状態にしてしまう。息子を隠したのだ。隠すために、ゴミで家を埋め尽くしていった。
ゴミ屋敷というわりにきっちりと積まれた雑誌、分別されたゴミには違和感を覚えたが、きっと前島は散らかすことができない人だったのだろう。まるでそれまでの人生を現しているようだ。
そんな人が、「きちんと積まれたゴミ」の中でどんな精神状況だったのか。実際には、別に真犯人がいたのだけれど、人を殺した息子を隠すためにゴミを溜めていた…と考えると、家の中に冷静に判断できる人はひとりもいなかった。
ほぼ無理やりではあったけれど、恵美子たちが介入したことによって親子の心は救われた。
「他人が家族のことに口を出すな!」とよく言うけれど、他人が介入することによって解決する場合も世の中にはあるのだ、きっと。