妄想が人を生かす時もある
唐丸は銭箱とともに姿を消し、後日、男の水死体が上がる。その胸元に蔦屋の貸本が入っていたことから事情を聞きにきた役人によると、男が子供と揉めて共に川へ落ちた、という目撃証言も。
しかし、子供の遺体は上がっておらず、唐丸の行方は分からないまま時が過ぎ、最悪の可能性が蔦重の頭をよぎる。そんな蔦重を、「まことのことが分からないなら、できるだけ楽しいことを考える。それがわっちらの流儀だろ?」と励ますのは花の井(小芝風花)だ。
それは、両親に捨てられ、自分の不遇な運命を呪っていたかつての蔦重を救い上げてくれた朝顔(愛希れいか)の教えでもある。
唐丸は大店の跡取り息子で、色々あったけど、今は実家に戻って家業もおざなりに絵ばかり描いているかもしれない。いや、家業は継いだものの、絵への思いは消えず、いつかふらっと蔦重のもとに戻ってくるかもしれない。
花の井と蔦重が話していることは単なる妄想に過ぎない。けれど、その妄想が人を生かす時もある。少なくとも蔦重が前を向けたのは、花の井と話して唐丸がどこか生きているという希望が湧いてきたから。
蔦重は暖簾分けしてもらえる可能性に賭け、鱗形屋お抱えの改所になることを決める。いつか、「俺が当代一の絵師にしてやる」という唐丸との約束を果たすために。