香車(でんでん)の遺言に託された思い
実は「マリーアントワネット」という人物は現実にいて、朝永が恋に落ちていたソフィー(トラウデン直美)の母親。香車が31年前に再婚を考えていたのが本庄マリーアントワネット(シルビア・グラブ)そのひとだったが、息子の加藤金斗(和田聰宏)の気持ちを考えて結婚を諦めたのだった。
では、単に香車は過去の恋人を思いを馳せて遺言書を残したのか。きっとそれだけではない。生前あまり関わりがなかったという金斗への思いもあったことは、香車が親戚名義で金斗の会社の株を買い続けていたことで証明されている。
別にお金にもそれほど困っていない息子に対し、必要以上の遺産を残すことにいくらか抵抗があったのかもしれない。そんな照れ隠しによる遺言書にも見えてくる。
孝行したい時分に親はなし。香車と金斗の2人は生きている間にわかり合うことはできなかったかもしれない。親子であっても、完璧に理解し合うというのは現実世界でも意外に難しい。大人になって親元を離れてしまえばなおさらのことだ。
コミュニケーションを取れる環境にあるならメッセージを送り、顔を見せられるときには帰省する。それは多くの親の願いであるだろうが、できている子はあまり多くないのではないだろうか。
しかし、香車の遺言書によって、金斗は父の真意を推し量り、理解しようとした。幸か不幸か灰江がいたことで、彼らは大きな一步を進むことができたのだ。
灰江がいなければ遺言書は捨てられていたかもしれないだけに、「香車じいさん、あんたの最後の手紙、ちゃんと届いたぜ」と清々しい。遺言書は故人からの最後のラブレター。残された者は、彼らの遺志を真剣に受け止め、何より尊重しなければならないと、改めて灰江に教えられる。