犬を愛する人にも優しい犬頭(上川隆也)
恵美子の占有屋という推理は実は違った。猪俣は太平洋組と敵対する組から、太平洋組の組長を殺すように依頼された殺し屋だった。
妻が亡くなり、かわいがっていた犬が亡くなり、ひとりになってお金もなくなり、猪俣はもうこのまま死んでもいいと思っていた。そこに殺しの依頼が持ち込まれる。
まとまったお金が入れば、妻や犬の墓を建ててやれる。そう思って引き受けた。組長を殺して警察に捕まっても、殺すことができず、報復を受けることになったとしても猪俣はどうでもよかったのかもしれない。
きっともう、この世界に未練がないから。前金で墓を建てたとなればなおさらだろう。
事情を聞いた犬頭が勧めたのは北海道にある保護犬シェルター。ここなら、仕事を依頼した暴力団も追ってこないだろう、と。猪俣は一度は断るが、犬頭は「世の中には不幸な境遇の犬たちがたくさんいる。その犬たちに誠心誠意尽くし、命を救ってやってくれ」と涙をにじませながら言う。
犬頭の犬に対する愛による言葉だろうが、猪俣の犬への愛も感じ取ったのかもしれない。生きる気力を失っている猪俣に、生きる意味を与えた。それに、北海道なら組の追求から逃げるならうってつけの場所だ。
犬頭は犬だけではなく、犬を愛する人にも優しいのだ。