正樹を演じる小林虎之介の演技に感服

母の言っていたことと自分の存在が認められた、それだけで満足だと言う正樹を100%肯定するわけではないが、写真の中の母の笑顔が曇ってしまうかもしれないという彼の濁ることなき優しさは真っ直ぐに受け止められる。
そんな温かさを持っていることは薮内の妻・佐賀美(筒井真理子)との食事でもうかがえる。柔らかな声、大きく頬張って食べる姿、母を思い出して突然曇らせた表情など、母との2人暮らしの中で十二分に愛され、清く正しく育ってきた背景が容易に浮かび上がってくる。
「またいつでも食べに来て。私も一人じゃつまらないし」という佐賀美の言葉に対し、「ありがとうございます」と正樹は微笑みながら返す。言葉に嘘はなく、正樹と佐賀美の名前をつけられない温かな関係はこれからも続いていくことを予感させる。
そんな正樹を演じたのが小林虎之介。前クール最高との呼び声もあり、ギャラクシー賞も受賞した『宙わたる教室』(2024、NHK総合)では柳田岳人を演じていたのだが、あまりの変貌ぶりに同一人物か目を疑ってしまった人も少なくないのではないか。
岳人は金髪の不良で刺々しいオーラを放つような青年だったが(もちろん成長して素敵な人間になっていくのだが…)、正樹はその対角線上にいるようなタイプの男子。言葉遣いから育ってきた背景まで何から何まで違う。
しかし、小林は目線や声のトーンを使い分けるとで、物腰の柔らかな20歳の青年を見事に演じきった。そもそも実年齢が27歳の小林が、20歳の素朴な男である島田正樹にここまで“擬態”できるのかと感服さえしてしまう。