「自分が選んだ道だから」と自己嫌悪の闇に…。
だが、彼女には彼女なりの苦労がある。毎日、娘以外と関わることなく終わり、気づけば「誰とも喋ってない」なんてことも。コミュニケーションが苦手な人からすると、余計な人間関係がなくて気楽でいいじゃないかとも思うが、それが数年続くとなるとどうだろう。
子供がある程度大きくなるまでは、言葉が通じない“生き物”と1日中ずっと一緒にいるというのは気が休まらず、なかなか精神が蝕まれるはずだ。
とりわけ、詩穂が公園で娘と遊んでいるときに時計をちらりと見て、「まだ15分しか経っていない!? 時空歪んでんじゃないの?」と嘆くシーンはユニークだった。常に時間がないと焦る礼子とは対照的で、子と遊び疲れた経験のある母なら共感できるのではないだろうか。
どちらの母親も種類は違うが、しんどくてきついのは確か。隣の芝生は青く見えてしまうものだが、自分自身が選んだ道だからと、不満を表に出すことは生きているとなかなかできない。
息子を助けてもらい、ご飯をおすそ分けしてもらった直後の礼子が「さすが専業主婦だね」と漏らしてしまうのは、あまりにリアルな人間の描写だ。
育児と仕事の両方を取ったはずが、その両方ともが満足にこなすことができていない。思わず子供に当たってしまい、自己嫌悪の闇に吸い込まれていく。
そんな暗闇から礼子を救い出したのが詩穂だった。「夜景きれいですよね」と引き止め、「手抜いたっていいんです」と元気づける。