一周遅れで沸いてくる実感
ケイコの知り合いが経営しているラブホテルに泊まることになった古村がシャワーを浴びている間に、ケイコとさっきまであったはずの届け物の「箱」が姿を消していた。
「自然だったものが突然、無くなったんだね」と呟くシマオのふとした言葉は、とても示唆的だ。変わらずに続くと思っていた日常が、なんの前触れもなく崩れ去ってしまう。妻が出ていったことと、阪神・淡路大震災に直接的な因果関係があるかは定かではない。しかし、古村はシマオの言葉に動揺を隠せなかった。
オーディオ機器を叩いて価値を確かめようとしていた客のように、シマオが古村の背中をコツコツとノックする。今まで気にならなかった小さな箱の中身。途端に何が入っていたのか古村が気になり始めるのは、自身の中身である「心」を明け渡してしまったような感覚になったからだろう。
すると、これまで見過ごしていた、些細な事柄も気になってくる。空港の到着口で待っている古村を、箱の目印もなく彼女たちが見つけたこと。シマオがケイコのことを「仲間」と呼んだこと。あのとき無関心だったことは、もしかしたら繋がっているんじゃないか、と。
「随分、遠くへ来た気がしてきたよ」とこぼす古村に、シマオは「でもまだ始まったばかりだから」と返す。じわじわと一周遅れで沸いてくる実感が、遠く離れた地で起こった地震に対する恐怖とも似通っていると気づいたとき、目には見えない揺れが心を伝った気がした。
(文・ばやし)
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