もう、引き返すことはできない
萌子にごはんを食べさせるとき、紘海は「アレルギー対応食品」を買っていた。娘の灯(石原朱馬)が生きていた頃の習慣からなのか、あるいは、萌子にアレルギーがあるかもしれないことを鑑みてなのか。冷徹にみえても、子どもを守りたいという気持ちは1年前から変わっていない。
就寝時は、萌子にベッドを使わせ、紘海は床で寝ている。萌子にぎゅっとされたときには、思わず灯とのしあわせな思い出が蘇ってしまうのが、なんとも悲しい。
紘海の行動の随所にあたたかな優しさを感じるものの、同時に「この子に愛情を持ってはいけない」という自制心もあるように思う。熱を出した萌子を抱きかかえながら病院に駆け込む姿は、もうすでに母親のようだというのに。
まさば、のりの佃煮、いかの塩辛。萌子の好きなものがわかったときには、彩りにあふれた料理をふるまった。ひとりになった紘海が、仕事以外で誰かのために料理をするのはいつぶりだろうか。ぱくりとまさばを一口食べた萌子は、「こんなのはじめて!」と喜ぶ。
家では買ってきた総菜や祖母の手料理ばかりで、母親の味を知らなかったのだろう。これから紘海の料理が萌子にとっての“家庭の味”になっていくのだ、と。少しだけ、二人の未来に明るい光が差し込んだ気がした。
けれど、「いい子にしてたらパパも会いに来る?」という萌子の無邪気な言葉が、紘海を我に返らせた。萌子を奪うということは、同時に萌子から家族を奪うことにもなる。
だからこそ「家に帰す」という選択をするが、それは萌子にとって、母親に 2回捨てられることを意味していた。「悪い子だから捨てるの?」って、なんて胸が痛くなる言葉だ。萌子は母親の、紘海は娘の、一度は失ってしまったぬくもりをまた知ってしまったから。もう、引き返すことはできないのだ。