まさに名演…岡山天音”恋川春町”の新たな才能開花の裏にある悲しい伏線とは? 大河『べらぼう』考察&感想レビュー【ネタバレ】
横浜流星主演の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合)が放送中だ。貸本屋からはじまり「江戸のメディア王」にまで成り上がった“蔦重”こと蔦屋重三郎の波乱万丈の生涯を描く本作。今回は、第22話までのお話を史実も交えつつ、多角的な視点で振り返る。(文・田中稲)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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桐谷健太がぴったり! ポジティブな大田南畝
お忙しいところ、お邪魔の助にございます。大河ドラマ『べらぼう』、毎回共感ポイントが多くて泣いたり笑ったり大変だ。
第20話から22話も、イケメン田沼意知(宮沢氷魚)にロックオンする誰袖(福原遥)、若手作家に嫉妬し飲み会でいじける恋川春町(岡山天音)、西村屋に老舗の技術と経験を見せつけられ凹む蔦屋重三郎(横浜流星)など「現代にタイムトリップしてきてほしい。朝まで一緒にいろいろ話したい」と思わせる姿がたくさんあった。
そして、野心こそパワー、逆境こそチャンス。「自分はいろいろ足りてねえ」そう悩む蔦重(横浜流星)に、大田南畝(桐谷健太)に言うセリフは沁みる。
「けど、そこがいいとこじゃねえか。だからこそ、ずっとやってるもんには出せねえものが出せるんじゃねえか。『そう来たか』って。お前さんには『そう来たか』がお似合いだぜ」
クーッ、泣けるぜ! 立ち上がる力をくれる名言だらけだった3週分の感動をプレイバック!
新たに蔦重にアイデアも人脈もくれる最高の相談役、大田南畝とは、第20話「寝惚けて候」でご対面。ここで蔦重が手土産に持っていったクルクル巻かれたお菓子が、「ヨックモックのシガールクッキーにそっくり」とSNSが騒然。
まさかヨックモックは江戸時代から続いている超老舗なのかとビビったが、実はこれは吉原名物、竹村伊勢の巻き煎餅であった(ちなみにヨックモックは1969年創業)。
しかし、忘八たち御用達の超豪華な「百川」の仕出し弁当、真っ黒の汁に浸った蕎麦など、『べらぼう』は食べ物もいい味出している。
さて、大田南畝と蔦重が出会ったのは1781年。大田は1749年生まれなので、当時32歳、すでに大ヒットを飛ばしまくる著名人だった。なのに、えらそうな態度一つせず、蔦重を様々な場に誘い、盛り立ててくれる…。
誰かに似ている。そう。平賀源内(安田顕)。というのも大田南畝は、19歳で平賀源内に才能を認められた「源内っ子」なのであった。演じるのは、人たらしで、ちょっと危うさも感じるキーマンを演じさせればピカ一の桐谷健太。大阪弁のイメージが強いが、江戸弁も自由自在に操っておられる。
「めでてぇこったの太平楽!」と、なんでもかんでも「めでてぇ」を見つける太田南畝のポジティブさは、蔦重はもちろん、仲間たちの心の支えになったはず。
ふざけたペンネームばっかり!「狂歌会」ってなに?
さて、この大田南畝のお誘いによって蔦重がのめり込んでいくのが「狂歌の会」である。江戸時代初期ごろは、狂歌は都のインテリが詠むものだったそうで、軽~いノリと下ネタとお遊びに満ちている。
名乗る狂名もダジャレ丸出し。智恵内子(ちえのないし)、朱楽菅江(あけらかんこう)はまだしも、元木網(もとのもくあみ)なんていう、「まんまやないかい!」とツッコみたくなる名もある。
蔦重は蔦唐丸(つたのからまる)、喜多川歌麿(染谷将太)は筆綾丸(ふでのあやまる)、朋誠堂喜三二(尾美としのり)は手柄岡持(てがらおかもち)だ。
彼らはお題に合った狂歌をひねりあうのだが、蔦重が初参加したときのお題はなんと「ウナギに寄する恋」。誰が考えたのだろう。難しすぎる(汗)。
こりゃまともな話ができそうにない。いや、そんなものを求めていない。徹底してふざけるのが狂歌の会。だって「狂った歌」だもの!
その場のノリが重要で、本来は「読み捨てる」のがお決まりだったそうだ。しかしこの人気を出版界が見逃すわけがなく、狂歌集が出版されることになる。
ある意味、「その場の恥のかき捨て」が最高の醍醐味だった文化なのに、ブームが起きて後々残っちゃうという、本末転倒の結果になってしまったのだった。
「町へんに失う」と書いて何と読む? 陰キャ春町先生の造語に泣く
狂歌の会、耕書堂の忘年会など、クリエイターたち飲み会の様子が多く描かれた3週間だったが、そんな浮かれたイベントのノリについていけず孤立したのが恋川春町先生である。
一人背を向ける彼の絶望的な表情に、酒宴での己の姿を重ね、胸を痛めた人もいるだろう。かくいう私もその一人。酒の盛り上がりの輪に入れない、あの孤独感たるや。
賑やかな騒ぎ声がだんだんと遠くに聞こえ、何もすることがないので延々ポテトを食い、帰り道「別にいいもん」といいながら、ちょっと泣いちゃうやつだ。ああ、思い出してしまったではないか。
しかも春町先生の場合、すぐ横のテーブルで、快く思っていない新進作家の山東京伝(古川雄大)がチヤホヤされているのだ。地獄!
仏頂面とロボットぽい頭の動き。さらに考え過ぎて焦点があわなくなっている黒目、「(狂歌を)ヨムー!」「コレニテゴメン…バキッ(←筆を折る音)」など、カタカナで書きたくなるようなカタいセリフ回し、すべてに不器用さがにじみ出ていている。岡山天音、まさに名演である。
「俺は、たわけることに向いておらんのだ―っ!」
という叫びは、全世界の殻を破れない陰キャの心の声。よくぞ、よくぞ言った。鋼のメンタルとコミュ力を持つ蔦重にこの気持ちは分かるはずもなく、正論づくめの説得をして失敗。春町先生は、歌麿と朋誠堂喜三二の温かいファントークによって、心の扉を開くのだ。それがなんともリアルだ。
「時代は誰も俺を求めてはいない」と嘆く春町に、喜三二と歌麿が言う言葉は、誰もが「一生でいい、一度言ってもらいたい」セリフであふれている。
「春町先生の絵、好きですよ。どこか童のような味が残っていて。うまい、へたじゃない。好きです」
「みんなお前のやることが好きなんだよ。面白えから真似したくなんだよ。寂しいから筆を折るなんて言うなよ」
「寂しい、寂しいんですよ。正月の新作の中に、恋川春町の名が見えねぇと」
「絵から声が聞こえてきまさぁ」
ああ、言われたい、羨ましい(泣)。悩んだ際、春町の名前のところに自分の名を当てはめ、「絵」を「性格」とか「作品」とかに変えて読むと、すごく励まされそう。同じ思いの方、よろしければテンプレートとしてお使いください。
開花した「皮肉屋の才」は悲しい伏線
そして、失敗は成功のもと。この酒の席の孤独によって、春町先生は己と向き合い、「町」の横に「失」と書いて「不人気」と読むなど、ネガティブ炸裂なオリジナルの漢字を作り、これが面白がられ、皮肉屋の才が開花。
「廓費字尽(さとのばかむらむだじつづくし)」という傑作を出すのだ。
才能ある陰キャの覚醒はある意味最強。これまでとのギャップに、周りも大喜びだ。春町先生は元来真面目なので、酒の上の失態もちゃんと謝り、仲直りし、「酒上不埒」というオモシロペンネームをちゃっかりつけて仲間になる。
全員が春町先生を囲んで盛り上がり、蔦重がそれを見て涙するシーンは、控えめに言って、ザ・青春だ。
ただ、本当に皮肉なことに、のちのち、この時開花した「皮肉屋」な作風と真面目さが、春町先生を追い詰め、その命を奪うことになる。
その時が来るのはもう少し先。しばらくは自己を解放した春町先生の笑顔を堪能したい。
いやはや、しかし、今回の『べらぼう』で一番学んだのが、酒の席での暴言は、あんまり周りは覚えていないということだ。思い悩みすぎることはないが、それでもやはり、隠し芸つきで誠意いっぱい謝るのが一番。そして謝られた側は、覚えていても「なんだっけ」と忘れたふりで済ませるのが粋だ。
物語は、そろそろ耕書堂日本橋に進出&浅間山大噴火という、動乱の1783年へ。蔦重クリエイターズの活躍はもちろん、野心家の誰袖(福原遥)のサスペンスな綱渡りも、心して観よう。
【著者プロフィール:田中稲】
ライター。アイドル、昭和歌謡、JPOP、ドラマ、世代研究を中心に執筆。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)『昭和歌謡出る単 1008語』(誠文堂新光社)がある。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」を連載中。「文春オンライン」「8760bypostseven」「東洋経済オンライン」ほかネットメディアへの寄稿多数。
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【了】