仲村トオル“轟”の壮絶な過去…前日譚に1話を割いたワケ。ドラマ『イグナイト -法の無法者-』第9話考察レビュー【ネタバレ】

text by ぱやし

ドラマ『イグナイト -法の無法者-』(TBS系)が放送中だ。本作は、争いの火種を見つけ、訴訟を焚きつけるダークリーガル・エンターテインメント。間宮祥太朗が、大金を稼ぐ“無法者”な弁護士を演じる。今回は、第9話のレビューをお届け。(文・ばやし)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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『イグナイト』前日譚で描かれたことは?

『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS
『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS

 誰もがその結末を知っている。これまで何度も過去の回想として登場した光景だった。それなのに、時計の針の音とともに刻々とその瞬間が近づくにつれて、どうか何事も起こりませんようにと祈るような気持ちで観ている自分がいた。

 やりきれないし、決して飲み込むことなんてできない。しかし、だからこそ、どん底の状態から再び自らに火を灯して立ちあがろうとする轟(仲村トオル)の姿に視聴者は奮い立たされ、心を燃え上がらせる。

 ドラマ『イグナイト -法の無法者-』(TBS系)第9話は、“あのバス事故”の前日譚であり、これまでピース法律事務所の所長として皆を引っ張ってきた轟と娘・佳奈(藤﨑ゆみあ)との親子のエピソードが綴られている。

 父と娘のふたり暮らし。轟がHY法律事務所の弁護士として忙しなく日々を送るなか、高校生の佳奈はそんな父のかわりに毎日、朝ご飯を作ってあげていた。思春期まっただ中にもかかわらず、時間がなくて家を飛び出す父親にジャケットを手渡す姿が微笑ましい。

 そんな朝の恒例となる風景は、別の場所でも映し出される。宇崎(間宮祥太朗)の父親である裕生(宮川一朗太)は、妻の純子(藤田朋子)に愛妻弁当を手渡されていた。

「夫がもう少し稼いでくれたら、楽できるんですけどねぇ」「俺は満足してるよ。弁当だけは最高だし」「どうせ私はそれだけですよ」と軽口を言い合う様子は、彼らの長年、培われた仲の良さを感じさせる一幕だった。

日常が一変…悲劇のはじまりは?

『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS
『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS

 しかし、そんな彼らの何気ない日常が、ある日を境に一変する。佳奈が友人との約束を断り、自宅で父親に誕生日を祝ってもらうはずの日に起きたあの事故によって。

 宇崎の父親が遅れてやってきた佳奈にバスの扉を開けてあげる。その優しさが悲劇を生んでしまうのもやるせない。第1話の冒頭で映し出された鮮烈な映像とダイナミックな演出に当初は魅せられていたはずなのに、あまりにも心苦しくて観ていられなかった。

 彼らには、親子水入らずで16歳の誕生日を祝う幸せな未来があったかもしれない。藤﨑ゆみあが照れながらも父親を想う佳奈の表情を自然に見せてくれるほど、仲村トオルが娘に渡すプレゼントに思い悩む父親としての轟の姿を感情豊かに演じるほど、そんな愛おしくもありふれた日常の一幕があった未来を想像してしまう。

 バスが横転したあともタイヤが空回りし続けたのは、自動運転システムが起動していたことの証左だ。しかし、明白に残された痕跡さえも、警察上層部の手によって揉み消されてしまう。

 自動運転の課題として挙げられる問題点のひとつは、責任の所在が不透明なこと。しかし、モビリティ・シティ計画を推し進める石倉(杉本哲太)は、その責任をひとりに押しつけることで有耶無耶にしようとした。事故を起こしたバスを運転していた宇崎の父親に…。

轟(仲村トオル)に救いの手を差し伸べたのは?

『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS
『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS

 加害者遺族と被害者遺族の立場は違えども、その先に待つのは地獄のような日々だ。

 加害者遺族には一生、負い目がつきまとう。裕生の妻・純子も、これまで弁当屋で見せていた笑顔を潜めて、顔面蒼白になりながらも、ただただ謝ることしかできない。考えるよりも先に謝罪の言葉が口をつくほど、贖罪の意識に苛まれる純子を演じた藤田朋子の迫真の芝居の凄さは、これまで見せていた彼女の明るい素顔を観ている人ほど実感したはずだ。

 被害者遺族については言うまでもないだろう。霊安室で娘の名前を呼ぶ轟の声が反響するなか、最音が消えても耳に響くほどの彼の慟哭がすべてを物語っていた。

 そして、憔悴した面持ちで日々を過ごす轟をもう一度、立ち上がらせたのは、浅見(りょう)と桐石(及川光博)の言葉だった。佳奈から日々、相談を受けていた浅見も、父親のことを佳奈から頼まれていた桐石も、事件の顛末に対してやりきれない思いを抱えていた。

 特に浅見はバスの炎上を目の前で目撃している。まさか佳奈が乗っているなんて夢にも思わなかっただろう。彼女の目から溢れ出る涙と、表情を歪ませながらも警察組織の人間として悔しさを露わにする姿には、あまりにも多くの感情が入り乱れていた。

依頼者を“焚きつける”、真の意味

『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS
『イグナイト –法の無法者-』第9話©TBS

 あらためて第1話を見返すと、ピース法律事務所の面々の顔つきも違って見える。轟になぜ弁護士を目指したのかを問われ、宇崎が「力だけじゃ守れないものがあると思った」と口にしたとき、伊野尾(上白石萌歌)は自らの過去を思い返し、高井戸(三山凌輝)は父親の身に降りかかった出来事を思い出しているようだった。

 そして、宇崎の確固たる言葉を聞いた轟は迷うことなく採用を言い渡す。過去の因縁を飲み込んで、宇崎とともにバス事故の真相を暴くことを決心した彼の机の上には、娘へとプレゼントするはずだった鳩の置物があった。

 冒頭で「じゃあ事務所の利益にあんまりならない裁判、勝ちにいきますか」と桐石に告げた姿は、現在の轟の考えとは明確に異なっている。権力に守られた者たちを挫き、立場の弱い人々を助ける彼の姿は、まるでまっすぐな想いを隠さない宇崎の姿を見ているようだった。

 「平和っていうのはもぎ取るもんだから」と名付けられたピース法律事務所を立ち上げて、加害者遺族である宇崎を仲間に引き入れながらも、依頼者を焚きつけて訴訟を起こさせる手段を行使する。轟の行動に込められた覚悟がどれほど重いものなのか、あくまで理解しているつもりだった。この第9話を観るまでは。

 最終決戦を目前にして、本編の前日譚となる回想シーンを描くのは非常に勇気のいる選択だったはずだ。それでも、絶対に無くてはならない“エピソード0”が第1話に接続されたことで、登場人物たちだけでなく、視聴者の心さえも焚きつけられて今、燃えたぎっている。

【著者プロフィール:ばやし】

ライター。1996年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部を卒業後、食品メーカーに就職したことをきっかけに東京に上京。現在はライターとして、インタビュー記事やイベントレポートを執筆するなか、小説や音楽、映画などのエンタメコンテンツについて、主にカルチャーメディアを中心にコラム記事を寄稿。また、自身のnoteでは、好きなエンタメの感想やセルフライブレポートを公開している。

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【了】

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