「表現とは自由である」ドラマ『バレエ男子!』監修・指導、草刈民代が語る、創作の裏側とは? 単独インタビュー
日本を代表するバレリーナとして活躍し、引退後も表現の世界を歩み続ける草刈民代さん。ドラマ『バレエ男子!』では、監修・指導として作品に深く関わり、バレエという芸術を「演じる」難しさと面白さを俳優陣とともに探求。表現とは何か、創作の裏側を語ってもらった。(取材・文:加賀谷健)
「エンターテインメント作品ならではの表現」が成立する“歌舞伎調”
――本作のバレエ監修・指導を担当するまでの経緯から教えてください。
草刈民代(以下、草刈)「私が関わるきっかけは企画を担当されたVAPの上原大也さんが牧阿佐美バレヱ団の後輩だったことです。世代が違うので一緒に踊ったことはありませんが、私が引退した後にバレエ団のチラシで顔をよく見かけていたので覚えていました。私としては後輩世代のお役に立てたらという気持ちがあり、お目にかかったのです。最初は出演のオファーでしたが、その時点ではまだ脚本が上がっておらず、先に役者さんのバレエの指導を始めました。結果的に今回は出演ではなく監修と指導を徹底的にやらせていただくことになりました」
――作風は底抜けにコミカルですが、魅力的な3人のバレエ男子たちの生態が細かく描写されます。スタジオでのレッスン風景はもちろん、スタジオ外のバレエ男子たちの一挙手一投足もアドバイスしたのでしょうか?
草刈「私が監修したのは踊りの部分で、実際にお付き合いしたのも稽古場での撮影だけです。俳優の皆さんへのバレエ指導はほとんど個人レッスン。一番核になるバーレッスンはほとんど私が担当しました。主人公である小林八誠を演じた戸塚純貴さん、先輩ダンサー・守山正信役の大東駿介さん、八誠の同期ダンサー・佐々木真白役の吉澤要人さんは、稽古に取り組む中で、私や一緒に指導を担当した牧阿佐美バレヱ団の後輩である菊地研さんの仕草や会話を通じて役作りの枝葉を広げたと思います。
大東さんは役柄を緻密に設計されている印象を受けました。彼のキャスティングは最後の方に決まり、他のキャストに比べて稽古する時間が少なかったにもかかわらず、監督や私と話し合ったこと全てを土台にして、役柄の細かいところも逃さず演技に盛り込んでいました。守山役は踊るシーンが少ないですが、大東さんの想像力豊かな役作りによって、あぁこういう人いるよなと思わせるものがあり、明らかにバレエダンサーになっていました。ご本人からダンサーのお知り合いが多いと聞きましたが、そうやって総合的にあの佇まいに到達したのではないかと思います」
「骨格がバレエ向きだった」
戸塚純貴の挑戦を見守って
――番組ホームページにアップされている大東さんのコメントは、「今回草刈民代さんから『バレエというのは人間の体の限界で美を表現する』というお話をうかがったときに、この未知の世界をドラマで伝えるのはとても面白いと思いました」と草刈さんの言葉を引用しておられます。
草刈「稽古に十分な時間を費やす時間がなかった分、バレエの身体的な感覚を理解してもらう入り口を工夫しました。例えば、歩き方から身体の使い方が理解できるように指導してみたり。逆にバレエ経験者である吉澤さんは普通に稽古ができるレベルにありましたから、俳優としての表現力が解放できるように、という願いを込めて指導の仕方を考えました。バレエダンサーを演じるといってもバレエを踊るための稽古ではなく、役柄を演じるための稽古ですから、それぞれの俳優さんが演じる役柄や個性に合わせて指導の方向性を考えました」
――三枚目キャラを演じたら右に出る者はいない戸塚純貴さんですが、本作でバレエ初挑戦です。戸塚さんのコミカルな特性を振り付けに落とし込んだりしましたか?
草刈「戸塚さんはバレエ初挑戦ですが、手本を見て迷うことなく真似することができるのです。バレエは足を外向きにして踊りますが、それを短い時間であそこまで習得できたのは骨格がバレエ向きでもあるからです。さらに筋肉の質も良く、体も硬くない。バレエは身体的な技術がすべてなので、通常はそれを習得するのが精一杯で、なかなか雰囲気を出せるところまではいかないのですが、やはり役者さんは、イメージや雰囲気を掴むのが早いんです。ですが、正しい足の動きを習得するのは時間がかかります。そして、動きの基礎力というのは、まず歩き方に影響します。バレエの歩き方は、すぐに習得できるものではないので、戸塚さんは自分で「足軽みたいな歩き方になってしまう」と仰っていました(笑)。
第4話で八誠と真白が一緒に踊って、内面では二人が競っているシーンがあります。私は戸塚さんの“足軽”を利用して、八誠の「表現したい」という強い気持ちを、“歌舞伎調”になることで表現し、それを八誠の個性にしたいと思いました。戸塚さんはこういうことを何なくやってのけてしまうからです。これが悪ふざけに見えてはいけませんが、監督にご提案しました。やはり、エンターテインメント作品ですので、役者さんの個性を活かして、視聴者の方々にも楽しんでもらえるものにしたいと思ったのです。
「関わる全員が楽しめた現場」を作る空気感と画面上の細やかな工夫
――レッスンシーンを見ると画面サイズが、ロング、バスト、アップでも必ずローアングルで、ダンサーの線の美しさが際立つように編集されていているのがわかります。監修者としての細やかな工夫として草刈さんは編集にも関与したということですが。
草刈「編集での私の仕事は、バレエシーンの精度を上げることでした。荒編集されたものは、芝居のセオリーで成り立っているので、バレエの専門的な視点とは方向性が違います。バレエはまず音楽ありきですし、決まり事もたくさんあります。これは専門的に理解している人でないとなかなかわからないことなので、そこを補いたいと思っていました。バレエの場合は、音楽と動き(振付け)がセットになって“台本”の役割を果たすので、音楽についての考え方はドラマ作品とは全く別物なのです。古典作品には決まりごとや特性がありますし、本当は、それ自体が画面に現れていないと、バレエのシーンとして成立させるのは難しいのです。
6話くらいまで編集が終わった段階で、『踊りのシーンはある程度しっかりと音楽のボリュームがないと迫力が出ない』ということを発見しました。台詞があるシーンは台詞を活かすために、音楽のボリュームは下がり気味になるのですが、実際に踊ってきた身としては、そこに物足りなさがあることに改めて気づかされました」
――映像と音の関係性でいうと、第1話冒頭のバーレッスン場面でチャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』が選曲されていたのが印象的でした。選曲も全て草刈さんが?
草刈「はい。ドラマ展開の邪魔にならないもの、なおかつありきたりには見えないことを考えながら、そのシーンにふさわしいものを選曲しました。選曲の意図までは伝わらなくても、ドラマの流れは崩さないように」
――本作が放送されたドラマフィル枠公式SNSには戸塚さんにバレエ指導する草刈さんの動画が公開されています。画面前方に戸塚さんと草刈さん、後方に台本をもったスタッフがやり取りしていますが、レッスンと撮影準備が同居して新たなバレエ物語が今まさに生まれるぞという空気感が香ってきました。これはやはり草刈さんが監修に入るからこその空気感だと思います。
草刈「普通のドラマ作品よりもリハーサルやテスト時間を長くもらっていたと思います。俳優さんたちへの指導だけではなく、踊りのシーンに出演してくれたバレエシャンブルウエストのダンサーたちがどういうふうに踊るかまできちんと仕上げ、撮影本番に合わせて、できる限り踊りがよく見えるようにコーチしていきました。あの時間内でできる準備は全てやったつもりですが、終わってみれば反省もあり・・・シャンブルウエストのダンサーたちが事前練習をして協力してくれたから準備が整ったところも大いにあります。
さらにもう一つ準備中に現場が一丸となった理由としては、俳優さんとダンサーたちが、お互いに興味を持っていたことが大きいと思います。俳優さんたちは、ダンサーを演じるから観察するのは当たり前ですが、ダンサーたちも現場の雰囲気に慣れてくるとお芝居を楽しんでいました。みんなの年齢が近かったこともあり、全員が楽しめた現場だったと思います」
「表現の自由を感じた」“核心”に裏打ちされて
――2009年に放送された『Shall we ラストダンス?』(NHK BS)で20世紀を代表するバレリーナであるマイヤ・プリセツカヤさんを前に草刈さんは「なぜ自分がこれをやってるのか。なぜなのかということをわかってないとだめ」と自問自答していましたね。
草刈「はい。プリセツカヤさんから『なぜそこにいるのか常に考えなさい』ということを仰っていただきました」
――この自問自答は、本作の俳優さんたちが俳優としてバレエダンサーを演じるという表現性に関わる本質的な問いだなと思いました。
草刈「私には、影響を受けたフランスの振付家・ローラン・プティ先生から学んだ核心があります。それは『表現とは自由である』ということです。バレエという表現において何が核心なのか。その問いの先でバレエという枠にとらわれずにどこまで踏み込んでいいものか。バレエを含めたパフォーミングアーツの歴史が長い西洋諸国に比べると、特に私よりも上の世代の日本の先生方は、その核心まで迫っている人がまだまだ少なかったと思うんです。だから、形に囚われざるを得なかった。ですが、ローラン・プティ先生はバレエの表現においてさまざまなことを発明されました。
例えばリノリウム(床材)を最初に採用したこと。それまでヨーロッパの劇場の床はどこも木目がささくれだってガサガサでした。私は20代の頃にもロシアで踊ったことがありますが、昔の床はささくれだらけ。だから、床に寝転がって踊る振付けは考えられなかった。でも、プティ先生はそうした振付けを可能にするためにリノリウムを採用したのです。今、世界中で当たり前のようにバレエ公演ではリノリウムが敷かれていますが、これはローラン・プティの創作での発明から発展したそうです。また、椅子を使った踊りを初めて取り入れたのもプティ先生だと、ご本人から伺っています。
これこそ、「表現の自由」ということだと思うのです。そして、その自由な発想から生まれる発明が、発展を生んでいく。今回、深夜枠のコメディ作品の監修・指導を担当させていただきましたが、どのようにその枠組みに見合うものにしていくか? というのは、とても楽しい挑戦でした。役者さんの特性を活かしたり、バレエのシーンを面白く見せることを考えても、私がある種大胆になることができたのはやはりプティ先生の影響によって得た、“表現の自由は絶対的なもの”という核心を自分なりに咀嚼できたからだと思っています。大事なのは、「バレエにこだわることではなく、作品を創造すること」だと。ドラマをご覧になってもそこまでは伝わらないと思いますが(笑)、実はそれくらいに大胆さが必要な場面もありました」
――ローラン・プティさんのお話が伺えるとは思いませんでした。草刈さんが監修をされたからこそ、作品に豊かな広がりが生まれたのだと感じます。
草刈「ダンスを扱った作品に何が必要か。私は『Shall we ダンス?』(1996)の時から経験しています(笑)。監督である夫・周防正行と結婚した後も彼が撮影したバレエのドキュメンタリー作品や舞台中継など、全て自分で画面を細かくチェックしてきました。引退後は女優としてお芝居をやってきました。その積み重ねですよね」
――周防監督は『周防正行のバレエ入門』というバレエ本を出版されていますが、『バレエ男子!』に対しては何か感想がありましたか?
草刈「それこそ歌舞伎調で踊る場面は笑ってました(笑)。スタッフさんに資料を送ると、そこには監督の意向が入っているのではないかと皆さん思われていたようですが、それは私の領域ですから。私は夫からかなり影響を受けていると思いますが、彼は私の仕事には口を挟みませんし、私自身も、他の監督作品について、具体的なことは夫に聞きません(笑)」
――草刈さんによる監修の空気感が随所に感じられる本作監修・指導ですが、ご自身のバレエ経験は仕事の中でどんな位置付けですか?
草刈「2009年のバレエ引退公演が踊りの集大成だとするなら、2021年から3年続けて行ったダンス公演やバレエ公演をプロデュースした仕事は、私のバレエの経験を総合的に見た集大成だと思っています。俳優の経験を経て、プロデュース・芸術監督の立場で自分が表現したことに納得ができました。今回取り組んだ『バレエ男子!』の監修・指導は、芸術監督を経験した上での集大成だと感じています。
映像というのは、色々な要素が噛み合って出来上がるものなので、本当に細部までのディテールに目が行き届いていないと成立しないのだと改めて理解しました。これは、舞台芸術とは全く違う感覚だと思います。この発見も、この立場で映像作品に関わらないとなかなか見えてこない部分だと思っています。また今回は、映像におけるチームワークについても理解が深まりました。映像における俳優の役割についても、新たな視点を持つことができたと思います。この作品に関わったことで、新たな目標をもって俳優業に取り組めそうです」
(取材・文:加賀谷健)
放送
RSK(山陽放送)毎週水曜 深夜0:55~放送中
配信
・MBS動画イズム
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