『ちはやふる-めぐり-』は大人こそ見るべき…「嬉し涙」ではなく「悔し涙」に惹きつけられるワケ。第2話考察&感想レビュー【ネタバレ】
當真あみが主演を務める7月期水曜ドラマ『ちはやふる-めぐり-』。本作は、競技かるたに青春をかける高校生たちの姿を熱く描いた、映画シリーズから10年後、バトンを受け継いだ令和の高校生たちの青春を描くオリジナルストーリーだ。今回は、第2話のレビューをお届け。(文・苫とり子)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
「青春」に一歩踏み出せないめぐる(當真あみ)
<白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける>
鎌倉初期に藤原定家により選出された100首の秀歌撰「小倉百人一首」が用いられる競技かるた。その37番、文屋朝康が詠んだ<白露に〜>は秋の野原に降りた白露が風に吹き飛ばされる光景を真珠が散らばる様に見立てた美しい情景歌だ。
青春を謳歌する若者の汗と涙もまた、白露のようにキラキラと輝く。その美しさに心惹かれながらも一歩踏み出せない理由がめぐる(當真あみ)にはあった。
小学生の頃、同級生の凪(原菜乃華)に勉強でも運動でも勝てず、その度にコンプレックスを刺激されてきためぐる。そんな彼女にとって中学受験は凪に逆転勝利するための最後の砦だったのかもしれない。
しかし、結果的にめぐるは受験に落ち、凪は合格した。どれだけ努力しても世の中には勝てない相手がいると思い知らされるには十分な出来事だ。
同じく親への罪悪感を抱える風希(齋藤潤)
ただ、それ以上にめぐるが辛かったのは色んなものを「無駄にしてしまった」こと。中学受験にかかるお金は平均して100万から200万とも言われる。それをすべて投資に回していたら…と両親が話しているのを聞いてしまっためぐる。
お金だけじゃない。受験勉強のために費やした時間も支えてくれた両親の思いも全部、一瞬にして水の泡にしてしまった罪悪感から、青春より将来への投資を優先してきた。
同じクラスの風希(齋藤潤)も一見アマチュアボクサーとして青春を謳歌しているようでいて、実はめぐると同じような葛藤を抱えている。実家がボクシングジムで、幼い頃から父・真人(高橋努)に言われるがままボクシング漬けの日々を送ってきた風希。
そんな自分を「要は空っぽなんだよな」と笑う姿から滲む切なさは、どこか太一(野村周平)が背負っていたものにも似ている。医師の家系に生まれた太一もまた幼い頃から母親に厳しく育てられ、常に学年トップの成績を収めていた。
そうやって子供は親の期待に応えようとするものだ。文化祭でのめぐるたちの姿を見て、初めて自分の意志でかるたをやりたいと思った風希は、「怪我が治るまで、反射神経を鍛えたい」と嘘をついてかるた部への入部を許可してもらった。
だが、その意志を押し切ることができなかったのは、今まで自分に手をかけてくれた父を裏切れないと思ったからだろう。
大人が忘れがちな情緒を思い起こす…。
そんな風希の心を動かしたのは、かるたの試合で凪と対戦することになった草太(山時聡真)の勝利の涙…ではなく、悔し涙だった。
ある意味でめぐるにトラウマを植え付けた両親も、風希をカルタの試合に行かせなかった真人も悪気があるわけではない。お金も時間も賭けた分だけリターンが欲しいと思うのは素朴な感情だろう。だが、それは大人の発想だ。
草太の悔し涙は大人が忘れがちな情緒を思い出させてくれる。たとえ目に見えた成果が得られなくとも、本気で何かを突き詰めている人の汗や涙は真珠のように私たちを惹きつけてやまない。その美しさに意味など不要だ。
けれど、そこにどうしても意味を求めてしまうめぐるは退部を撤回する“条件”を奏(上白石萌音)に突きつける。「かるたで宝物を見つけられた人は、その10年先で絶対に明るい未来が待ってるんだって、私に見せてください」という、ある種の果し状を奏はしかと受け取った。
無駄なことは一つもないと、口で言うのは簡単だ。理想論を若者に押し付けて終わりではなく、自分がその生き証人になる。本作は次世代の物語であると同時に、彼らにしっかりとバトンを受け渡す大人たちの物語でもあるのだ。
【著者プロフィール:苫とり子】
1995年、岡山県生まれ。東京在住。演劇経験を活かし、エンタメライターとしてReal Sound、WEBザテレビジョン、シネマズプラス等にコラムやインタビュー記事を寄稿している。
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