WBC日本代表に高校球児の姿をみる
―――侍ジャパンがWBCで優勝の要因って個人的には、高校野球にあると思っているんですよ。
高校野球って正直、無駄が多いと感じています。なぜかというと、強豪校になると100人以上の選手がいて、ほとんどは野球エリートです。しかし、他の学校だったら、絶対レギュラーなのにアルプススタンドで声を出すしかないというのが現状です。
その中で、仲間を蹴落としてレギュラーを取って、チームとしても“負けたら終わり”の状態で勝っていってというシステムを生き残ってきた選手なわけじゃないですか。侍ジャパンのメンバーもヌートバーを除けば全員、元高校球児だったわけで。そういう意味で、無駄は多いけど、すごく強くなれる育成システムなのかなという気はしているんです。
「WBCの優勝メンバーって、大半が甲子園に出ていない選手なんですよ。要は晩熟型というか。同世代で甲子園に出ている人たちは早熟型だったとも言い換えられると思うんですけど。
その晩熟型の選手たちは、その早熟型の選手たちにやられてきたわけですよね、甲子園にも出られずに。これは僕の勝手な推測かもしれないのですが、WBCで優勝するということは、ある種、晩熟型の選手にとっては、自分たちの目の前に甲子園的なものがぶら下がってきたと。ここ取りたいみたいな、高校時代に叶えられなかったものを取り戻せるんだと。だから、そういうスイッチの入り方みたいなのがあったんじゃないかなと思うんです。
そういう角度で見たら、試合も別の視点で見られて、ドラマが見えて面白い。そういう意味で、甲子園で負けたコンプレックスや悔しさを取り戻せるチャンスができたんだっていう意味で、WBCが存在していたんですよね。
印象的だったのは、チームとしての和を感じたということ。チーム力というか、とても楽しそうに野球やっていましたし、甲子園球児の原点的なものを思い起こさせるというか。
やはり、甲子園に出ているチームって、こんな雰囲気だよなとか、おそらく選手それぞれが思うところがあったと思うんです。こういうチームは短期決戦でスイッチ入るんだな、みたいな。そういう現体験が蓄積されて、彼らの中に、だから晩熟型の選手であっても、チームとして1つになるにはこうすればいいんだみたいな、そういうのがあったんじゃないかな」