乗り越えられないものをあえて乗り越えなくてもいいという優しさ
本作を観ていると優しい世界を垣間見ているような気持ちになるが、とりわけ、次のセリフは強く印象に残った。
まひるから友人の父親に誘拐された過去を打ち明けられた広海は「人生の道の途中に乗り越えられないくらいのものを置いたのは誰って、勝手に置かれたものになんで立ち向かわなきゃいけないのかな」と問いかけた。
私たちは壁に直面したら、自分を奮い立たせてその壁を乗り越えるようにと助言されることが多いが、広海の主張は逆である。
言われてみると、他者から乗り越えるのが困難な事態を勝手に置かれ、それに傷つき、その上「乗り越えるべき」と煽られながら生きていかなければならないとしたら、辛すぎる。生きていると、まひるのように他者から一方的に傷つけられることはあるだろう。しかし、それを乗り越えられない自分を責める必要も、乗り越えようともがく必要もないのかもしれない。
広海の前述のセリフはまひるに向けたものであるが、自分への言葉でもあった。広海は困っている人を見ると放っておけない優しさをもつ好青年だが、ギフテッドであり、この世界で生きづらさを感じることも多そうだ。
彼にはアメリカの大学を挫折した過去がある。第3話では、広海も一歩進めた。彼はまひるの過去の話を聞いたり、あくびを見せてくれる仲間と出会ったりしたことで、かつて逃げた場所で開催される数学のセミナーへの参加を決めることができた。
少なくない人たちが他人には言えない何かを背負い、乗り越えようとしているのかもしれない。お尻を自ら叩くのではなく、周囲の優しさや時の流れの中で苦しみを和らげながら、自然と乗り越えられる日の訪れを待つのも悪くないだろう。
(文・西田梨紗)
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