鹿乃子が見えなくなっていたもの
「わたしは、嘘が分かるからこそ見えなくなっているものがあるんだ」
鹿乃子は、また自分を責め始めてしまった。昔から、嘘が聞こえる能力のせいで、周囲にうとまれてきたことが、ずっとトラウマになっているのだろう。嘘が聞こえる能力を持って生まれてしまったのは、鹿乃子のせいじゃないのに。それに、まわりは鹿乃子といて嘘がバレてしまうのが嫌なら、離ればいい。でも、彼女はその能力からずっと離れることはできないのだ。
「あんたが嘘ついてないって、どうやって証明するのよ」
「鹿乃子さんがつく嘘は、誰にも証明できないんだもん」
学生時代、友人からそう言われたとき、鹿乃子はどれだけむなしい想いになっただろう。最初は、鹿乃子のように他人の本心が分かる能力を羨ましいなと思った部分もあったけれど、彼女の葛藤を知るたびに、だんだんとどれだけ辛いことか…と実感するようになった。
人間の本心なんて、分からない。「好きだよ」と言ってくれている人が、本当は心のなかでは「大嫌い」と思っているかもしれないし、その逆だってある。でも、分からないものは、分からないままでいいのかもしれない。