宮藤官九郎が黒澤明からのインスパイアによって描く多様性
物語は、仮設住宅で暮らす人々の様子を報告するだけでお金がもらえる怪しい仕事を請け負った主人公の半助(池松壮亮)が飼い猫のトラと共に“街”へやってくるところから始まる。18世帯ものワケあり住人が暮らしている中で、最初に半助の目に止まるのが濱田岳演じる青年・六ちゃんだ。
黒澤監督の映画『どですかでん』では、この六ちゃんが主人公となっている。ちなみに“どですかでん”というタイトルは、“街”の中を常に走り回っている六ちゃんが呟いている電車の走行音。六ちゃんは自分を電車の運転手と思い込んでいるのだ。けれど、もちろん他の人には電車も線路も見えていない。もし六ちゃんを東京の街中で見かけたら、みんなの注目を浴びるだろう。
あるいは子ども連れの親なら、その目を塞いで「見ちゃいけません!」と注意するかもしれない。だけど、この“街”の人たちは六ちゃんを気にも留めない。というより、彼らはお互いのことに対してあまりに無関心だ。
例えば、親友同士でともに土木作業員の増田(増子直純)と河口(荒川良々)がある日突然、お互いの妻を交換する。増田の妻・光代(高橋メアリージュン)は河口と、河口の妻・良江(MEGUMI)は増田と、あたかも元から夫婦だったかのように暮らし始めるのだ。
普通なら誰かが突っ込んでもおかしくないはずなのに、この街の人たちは変だなと思いつつも、口を出さない。慰問ライブで訪れた元アイドルのみさお(前田敦子)と結婚した良太郎(塚地武雅)が可愛がっている子供たちの父親が全員違うとみんな薄々気づいているけれど、あえて黙っている。
「つまり幸せの形なんて、人それぞれなんだよ」とは、街の青年部を率いるタツヤ(仲野太賀)の言葉だ。
幸せの形は人それぞれで、他人から見たらまともじゃないかもしれないが、だからと言って断罪することはできない。母親のくに子(片桐はいり)に将来を案じられている六ちゃんが、毎日仏壇に「母ちゃんの頭がよくなりますように」と祈っているように、まともかまともじゃないかの基準も人によって異なる。
年齢も性別も職業も育ちも異なる人々が一堂に会するこの“街”は人種のるつぼのようだ。お互いに干渉せず、ありのままのその人を受け入れている。多様性って、本当はこういうことなのかもなぁ…と思わされた。