寅子の内に知らぬ間に芽生えた“傲慢”とよねの厳しい指摘
そんな矢先、寅子は過労で倒れてしまう。看病してくれた穂高(小林薫)は寅子の妊娠を知ると、「仕事なんかしてる場合じゃない」と言う。血の滲むような努力を間近で見ていたはずの人から言われるには看過できない言葉だ。寅子は食い下がるが、「世の中はそう簡単には変わらない」と、穂高は譲らなかった。
自分が社会を変えたいという一心で歯を食いしばってきた寅子と、これはあくまでも最初の第一歩であり、すぐに世の中が変わるわけはないだろうと思っていた穂高。この時代、女性は、いつか母になる。母になったら、女性とか弁護士とか寅子であるとかいう以前に、“母”という生き物になると突きつけられるようなやりとりだった。
実際、寅子が働く雲野法律事務所の面々も、「女性が働くとなったときからこうなることはわかっていた」「仕事を休んで子育てに専念したらいい」とねぎらった。
善意からくる言葉だからこそ、やりきれない。ここで寅子の心はぽっきりと折れた。がんばってきたことの本質が、まるで理解されていなかったのだから当たり前だろう。もう穂高にしたように噛みつくことはせず、「ありがとうございます」と引き下がる。世の中の先頭に立つ、という任を、寅子は半ば強制的に解かれた。
これに腹を立てていたのはよねだ。「いちいち悲劇のヒロインぶりやがって」と、寅子に厳しい言葉を浴びせかける。たしかに、ここのところの寅子の言動は、自分が、自分こそが世の中を変えなければならないのだと気負いすぎていた節があった。それはよねを前にして「わたししかいない」と言えてしまったことからもうかがえる。
たしかに婦人弁護士は寅子しかいないが、それぞれのやり方で世の中を支える女性は多くいる。よねだって、働いているカフェで困っている人たちに法律を知っている者の観点から相談に乗るなどしていた。
“雨だれ石を穿つ”。寅子に比べたらささやかだったとしても、わかりやすい肩書はなくても、自分の居場所でできることをやっている人は多くいたはずだ。寅子に対し「お前は1人じゃない」と言っている場面もあったように、寅子の視野が狭くなっていることをよねだけはずっと指摘してくれていたのだ。
だが、寅子は雲野法律事務所に辞表を提出してしまう。
そんな寅子を大きな愛情で優しく包んだのは優三だった。