最期まで”他人”であり続けた理由
人は、一面では判断することができない。もしも、津野の“これまで”を知らなかったら、筆者はずっと彼のことを「すぐにマウントを取ってくるいけすかない奴」と思っていたのかもしれない…と考えると、恐ろしくなる。
津野は、水季に恋愛感情を持っていた。彼女に負担をかけないように気持ちを押し殺し、全身全霊で尽くしてきた津野が、何も知らずにのうのうと生きてきた夏に憎しみに近い感情を抱いているのは仕方がないような気もする。
ただ、水季も津野の気持ちに気づいており、「いまだに気持ち利用しています。最低です」と罪悪感を抱いていたのは意外だった。本来、他人の気持ちを利用したり、迷惑をかけたり、頼ったりするのが大嫌いなはずの水季。津野に住所を教えたあの時点で、それだけ追い込まれていたということだろう。
「他人の方が頼りやすい。その、何があったか知らないし、詮索もしないし」
津野は、いちばん初めに水季にそう声をかけていた。もしかすると、水季が頼りやすいように、最期まで“他人”でい続けたのかなと思うと、胸がギュッと締め付けられる。戸籍上は、他人かもしれない。でも、ずっと海の面倒を見て、水季の闘病をいちばん近くで支えてきた津野は、家族よりも家族のような存在だったのではないだろうか。
それなのに、遺品整理を手伝おうとしたとき、朱音(大竹しのぶ)は「触らないで。家族でやるんで大丈夫です」と言い、津野を突き放した。最初は、「朱音、ひどい…」と思ったが、よくよく考えてみたら彼女の気持ちも共感できる部分はある。
心のなかでは、娘を支えてくれた津野に感謝をしているのだろう。でも、もしも彼がいなければ、水季はもっとはやく実家を頼っていたのではないか? そしたら、病気にならずにすんだのではないだろうか。そんなことを考えてしまうやるせなさを、津野にぶつけてしまったのだと思う。